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計算は合っています (向日葵15)

2008年11月15日 01:09

 リタは少し会わないうちに、背が伸びていた。ノースリーブのブラウスから覗く肌は、相変わらず抜けるように白い。どこか機嫌が悪そうなので理由を聞くと、留守の間、管理人の庭の手入れに不手際があったことが原因のようだった。
 
 三人は再会を祝して、セシルの出してくれたアイスティーで乾杯する。
「あ、ちゃんとアールグレイ。さすがイギリス」
 楠ノ瀬のはしゃぐ声に、セシルが満足げに頷く。

 三人は夏休みの話題で盛り上がった。リタはエジンバラの土産話を、徹はお盆に母の実家に帰ったことを話した。
「五十歳近いおばさんが『由紀ちゃ』なんだよ。カルチャーショックっていうか何ていうか」
「いいじゃん、そういうのって」
 楠ノ瀬が羨ましげな表情を見せる。

 普段は人をからかうことの多い楠ノ瀬だが、自分がいいと感じるものには心から共感を示す素直さもある。リタも楠ノ瀬と比較的波長が合うようだった。

「徹の母上はどんな人だ」
 リタの問いかけに、いや、母上なんて――と慌てて手を振ってから、徹はふと尋ねる。
「それより、リタのお母さんこそどんな人なんだ」
 リタの表情が、すっと柔らかくなった。

「母も一度日本に来ている。十五年前にここで学んだそうだ」
 思わぬ展開に、徹と楠ノ瀬は顔を見合わせた。
「参宮学園で? 凄い偶然じゃない!」
 楠ノ瀬の声も普段より高くなる。

(いや、これは偶然っていうよりもむしろ――)
「当時母は十八歳だったが、ナンバーワンの連になったと聞かされた」
「もしかしてリーたんのお母さんは今、三十三歳? 若いなあ」
 リタは誇らしげな表情を浮かべた。雀斑の僅かに浮いた頬に赤みが差す。

「母は参宮学園を卒業した直後に父と出会い、大恋愛の末に私を生んだそうだ」
「へえ、情熱的。リーたんもクールなようで、実はその血を色濃く引いちゃったりして」
 楠ノ瀬はしきりに徹に目配せしてくるが、徹は無視を決め込む。一方のリタは母親の話となると止まらなくなるらしく、次から次へとエピソードを披露し続ける。

 徹は、リタの意外な一面を見た気がした。
(やっぱり女の子はこの手の話で盛り上がるよな……あれ?)
 だが心のどこかで、何かが引っかかる。

(リタのお母さんが 十五年前に参宮学園を卒業してから結婚して……)
 激しく首を横に振る徹の後ろに、セシルが音もなく立った。

「計算は合っています」
「ひっつ」 
 またも考えていることを読まれた徹は、小さな悲鳴を漏らしてしまった。

「リタ様は、アナスタシア様とエドガー様の子です」
(いや、だって)
 セシルは、何を今更という顔で言葉を続けた。
「リタ様は、十三歳でいらっしゃいますから」
 思わず徹と楠ノ瀬の声が揃った。
「十三歳!」 

 その後、どんな話をしたのか徹は覚えていない。楠ノ瀬がリタを質問攻めにし、その一つ一つにリタが律儀に応え、時にセシルが咳払いでたしなめ――
 いつしか長い夏の日は暮れていた。

 徹たちは夕食の誘いを固辞して、リタの家を去った。

 考えてみると、リタは欧米人にしては然程大人っぽく感じなかった。外国では飛び級の制度もあると聞く。
(でも、十三歳かよ)
 徹は、自分を庇って高宮の前に仁王立ちになったリタの姿を思い出して、溜息をつく。
(いつかあの借りは返そう)
 徹は歩きながら両の拳に力を込めた。

 一つ前の交差点で楠ノ瀬と別れ、徹は自分の家に向かって一人歩いた。
 先程の夕立のせいか、夜風が肌に気持ちいい。
 少しだけ遠回りして帰ることにして――思いもよらぬ運命の悪戯が徹を待ち構えていた。

 高宮武と荻原有理が並んで歩いていた。


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