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さすが去年のナンバーワン (向日葵10)

2008年11月05日 00:49

 笑っていた者が、一人二人と口をつぐむ。魅入られ、瞬きさえ出来ない者たちが立ちつくす。
「……糞ったれが」
 参宮学園の前夜祭。ステージを眺めていた高宮武は、両腕が総毛立ち睾丸が硬く縮まっていくのを感じていた。

 思わず横に立つ荻原有為を見て、愕然とする。傍らの少女は魂を抜かれたかのようだった。心の内に芽生えかけた敗北感を、怒りに任せて否定する。
 有為の手を乱暴に引っ張ると、高宮はステージに向き直った。

 音楽は確かに流れている。しかも訳の分らぬ歌付きでだ。
 だが、その場を支配するのは緊張に満ちた静寂だった。
 ダークスーツに身を固めたリタと徹。それは、ダンスの枠を超えていた。
 
 己の右耳をかすめて、天に突き上げられる右脚。
 裂帛の呼気と共に繰り出される、五連の正拳。
 ネクタイが風に舞い、黒いジャケットが翻る。その姿は、華麗といえばこの上なく華麗。
 だが、何故、上げた足の指がぴたりと相手の眉間を指しているのか。何故、拳の中指の節が突き出されているのか。

「ふざけんな。肋骨でも折るつもりかよ」
 高宮は呻いた。

 リタが徹の腰に左手を添えたまま右腕を水鳥の首のように擡げ、三本の指を嘴のように動かす。
 知らぬ者が見れば、白鳥をイメージするかも知れない。だが人を倒す技術を学んだ者ならば、こめかみを指で撃ち抜く残像が焼きつく動きであった。

 判らぬ者はただ陶然とし、判る者は慄然とする――そんな舞であった。

「どう、有理さん」
 再び振付パートに戻って踊り始めた徹たちを眺める荻原有理に、杉山想平が尋ねる。二人とも浴衣に着替えている。夏の衣装ならこれよね、と有理が決めた。

 杉山が後ろを振り返ると、有理の表情が変わっていた。美少女然とした外見に似合わず、時に凛々しい表情を浮かべる有理だが、今日はまさに勝負を挑まれた者のそれだった。
「リタちゃんは只者じゃないと思ってた。でもあれ、素人が出来る動きじゃないよね」
 そして口には出さないが、有理は徹こそ驚異的と感じていた。

 春に道場で徹を見たときから、気になるものを感じてはいた。リタと組むに至って、ライバルになると確信した。だが徹のどこか優しげな姿に、これまで自分が油断していたことを痛感した。
 このままでは徹にポイントを取られてしまう――有理はそう認めざるを得なかった。

 杉山は、それ以上言うなとばかりに眼鏡を指で押し上げた。
「僕は気にしないで。有理さん、あの中に入りたいんでしょ。きっとこの構成だと、もう一度ダンスバトルはあるし」

「え?」
 有理は、自分の気持ちに初めて気付いたように問い返した。だが、その瞬間、杉山の指摘が正鵠を得ていることを確信する。

(確かに、杉山君の言うとおりだけど……)
 杉山は、有理の背中を言葉で押してやった。
「ここで有理さんが出ると、僕らの連に取ってもプラスだって」

 杉山は、人差し指と親指で丸を作ってみせた。その白い頬に笑窪が浮かぶ。
「乱入は本当ならNGだろうけど、有理さんが入れば絶対盛り上がるから彼らも文句は言わない。ビジネスでいえばウィン・ウィンだよ」

 有理は少しだけ考え込んだが、不意に目を輝かせた。
「決めた。杉山君、一緒に行こう!」
「え、僕も?」 

 目を丸くする杉山の額を、有理は指で軽く押した。
「杉山君、わかってるようで駄目だよね。合気道部のオギワラユリだけで行ったら、ただの異種格闘技戦だよ」

 その台詞に杉山も苦笑する。有理は片目をつむり両手を合わせる。
「ね、お願い」
「ん……まあでも、僕も実はこういうの嫌いじゃないし」

 杉山はもう一度、メタルフレームを指で押し上げた。レンズの奥の瞳が細くなる。
「よおっし。行くよ!」
 有理が車椅子を勢いよく押して、ステージへ向かって走り出した。

 舞台に浴衣姿の有理と杉山が駆け上がったところで、大歓声が湧き上がる。杉山が車椅子で器用に一回転してみせると、拍手が鳴り止まなかった。

「リタ。悪いけどおいしいとこ貰っていくよ」
 杉山が横で踊るリタに話しかける。

(容姿端麗、頭脳明晰)
「お前たちが舞台に上がることは、計算済だ」
 リタが前回し蹴りを華麗に決めながら答える。

(心も熱いぜ燃えてるぜ)
「うわ、リタちゃん意外に感じ悪い。徹君、今の聞いた?」
 有理が浴衣姿のままで、団扇を片手に器用にリズムを刻む。舞台に立っているとよく判るが、有理たちが登場して以降、観客の視線は更に熱を増していた。

(喧嘩売られりゃいつでも買うが)
「オギワラユリが舞台に上がることを予想したのは、瓜谷先輩だよ」
 徹が肩で息をしながら、裏拳を撃つ。

(だけどバトルはダンスが一番!)
「うーん。さすが去年のナンバーワン」
 そう杉山が言ったところで、瓜谷がマイクを握った。

「よーし会場全員で炎の踊りだ、いくぜ!」
 瓜谷が絶叫する。
 呼応するように舞台の上の徹が、リタが、足を跳ね上げる。楠ノ瀬が、プリティー・チームが両腕を広げる。会場全員が拳を空に突上げる。

 大歓声と、背筋を貫く興奮。
 徹はその時、全身が電撃に撃たれたのを感じた。
 
 瓜谷悠は、確かに会場に魔法をかけた。
 一夜限りの魔法を。
 けれど解けてなお、心のどこかに痕跡を刻む魔法を――
 
 結局、前夜祭はその後二度アンコールに応えて曲を流した後、瓜谷が「委員長の強権を発動」して無理やり解散となったのであった。


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