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鬼ごっこはおしまいか? (向日葵6)

2008年10月29日 23:34

 荻原有為は、西砂の雑居ビルの前で高宮たちと別れると、一人で歩き出した。

 試験も終わったことだし、ぱっと行こうぜ――高宮の誘いに乗って、さっきまでカラオケボックスで歌ってきたところだった。有為のクラスメイト二人も一緒である。二人とも高宮のファンだという。

 確かに高宮はハンサムだ。少し自惚れが強過ぎるとは感じるが、有為自身も男は自信家のほうが良いと思う。うじうじしている奴を見ると、イライラする。
 そこで何故か、有為は姉のクラスメイトを思い出した。

 年下の少女に庇ってもらって、耳を赤くしていた男。

(だっさい――)
 有為はそう呟くと、カバンを抱えなおして路地を歩く。高宮は送っていこうと言ったが、代わりにクラスメイトのことを頼んだ。
「あたしなら気にしないで。昔は有理と一緒に合気道も習ってたし」
 だが、いつからか三人の男が後をつけてくることに気が付いた。

 三人とも大学生くらいだろうか。酒でも飲んでいるのか、にやけた笑いを張り付かせて近付いてくる。有為は自然と早足になったが振り切れない。走り出そうか迷っていると、不意に男の手が後ろから有為の腕を取った。

「ねえ、彼女。俺達と遊ばない?」
 有為は黙ったまま、乱暴にその手を払って歩き出す。

「痛え! 骨折れちまったよ」
 ドレッドヘアの男の大袈裟な声に、唇にピアスをつけた男が困ったように肩を竦めた。
「おいおい、どうしてくれるんだよ」
 スキンヘッドの男が自分の前に回り込む。

 決して人通りの少ない道ではないが、サラリーマン達はこの光景が見えないかのように、顔を背けて立ち去っていく。有為は男たちを睨みつけて脇をすり抜けようとしたが、横のピアス男に腕を押さえられた。

「まあ急ぐなって。それとも美人のお友達でも呼ぶか」
 そう言って下卑た声で笑う。
 有為は唇を噛締めると、もう一度男の手を振り払って脇道に入ったが、男達も嬌声をあげながら有為を追いかけて来る。有為は軽く舌打ちすると、路地を曲がり、雑居ビルの間を走り抜けた。

(交番か、せめて、コンビニでもあれば)
 そう思って走るが、こんな時に限って酔客相手の店ばかりで見つからない。大通りに一直線に向かわなかった判断の悪さを呪う間もなく、有為は路地裏に追い詰められてしまった。

 そこは雑居ビルのゴミ置き場だった。
 男達も有為も肩で息をしている。有為の栗色の髪の毛は額に張り付いてしまっていた。一方、男達はこれから起きることを想像して、濁った目を血走らせている。

(屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ屑だ。一人では何も出来ないくせに、昼間は何も出来ないくせに、酒を飲まなければ何も出来ないくせに――)

「いい加減にしてよ、警察呼ぶわよ」
 そう言って睨んだとき、一人がナイフを出すのが見えた。思わず足がすくんだ。
(こいつら慣れてる――)

 途端に声が喉に絡んで、小さくなる。
「た、高宮先輩」
 その声はもはやか細く、路地裏の喧騒に吸い込まれた。

 男達が距離を詰める。一歩下がろうとした有為は何か足を取られ、思わず小さな叫び声を上げた。
 スキンヘッドの男の舌なめずりが目に入り、嫌悪感から無意識に身震いする。カバンを胸の前に抱く。

「鬼ごっこはおしまいか?」
 男達は既にズボンの前が怒張していた。ドレッドヘアの男が、これ見よがしに指で車のキーを回す。
「彼女、俺達と遊びに行こうぜ」
 反射的に有為は、男の手を払いのけた。

「何すんだ、このガキ!」
「いいから、さっさと積んじまえ!」
 群がる男達に有為が悲鳴を上げたその瞬間、トレーニング・スーツの徹が飛び込んできた。

   * * * * * * * *
 
 相手は三人。一人はナイフを持っている。
 咄嗟にそれだけ確認すると、徹はナイフを持った男へ疾った。

「な、何だこの野郎!」
 薄汚れた長髪を振り乱し、ピアス男は徹にナイフを向ける。
 先ほどの稽古の通り、無意識に体が動いた。

 自分の左腕でナイフを持った男の右手を制しながら、掌でナイフを押さえる。その手の上に自分の右掌も重ね、身体を開きながら男の手首の関節をねじりきる。
 ぶちり。
 徹の耳に、聞こえるはずのない音が響いた。

 唸り声を立てて男が右肩から横転する。それを見届ける間もなく、スキンヘッドに向かった。呆然と立つ、その懐に低く飛び込む。
 ずくっつ。
 徹は左肘をスキンヘッドの鳩尾に入れ、続けて左拳を顎に撃つ。仰け反る相手の後ろに回り、両手で肩を後ろに引き倒す。背中をアスファルトに打ちつけたスキンヘッドは、そのまま失神した。

 あと一人。
 ようやく自分の置かれた状況を認識したドレッドヘアの男は、全身を震わせていた。
 怒りか、それとも恐怖なのか。

「て、てめぇ」
 頭一つ高いその顔は歪み、声は裏返っている。だが、徹は男にそれ以上の時間を与えなかった。腰を落として襲い掛かる徹に、男は泣くような奇声を発しながら、警棒に似た武器を振りかざしてきた。

 ざん。
 ドレッドヘアを巻き込む竜巻のように、徹は両腕を上げて背後に入る。

 左腕を下ろしながら男のこめかみを押さえる。右腕は相手が振り下ろした警棒を追いかけながら、上から被せる。ソシアル・ダンスのように二人の動きが同調したその直後、ドレッドの首をぐりっと捻った。
 警棒を振り下ろす勢いを加速させられた男は、潰されるように崩れ落ちた。
 
 この間、二十秒余り。
 もう、立っているのは有為と徹だけだった。
 有為はカバンを両腕で胸に抱いたまま、白い顔で唇を震わせている。
 
 徹は黙って、目の前に手を差し出した。


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