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雪と茶色い子猫と――高校生か (運命の輪3)

2008年09月26日 00:07

 道場を出ると、いつしか雪は止んでいた。裏手の鬱蒼とした林にも木漏れ日が差し込んでいる。
(さて、帰るか――)
 伸びをした徹の耳に、悲しげな鳴き声が届いた。声をした方を見上げると、薄茶色の塊が目に入る。
 
 子猫であった。
 
 恐らくは生後数か月も経たない子猫が、山桜の老木に登っていた。子猫が自力で登るにしては少々高い。根元に建っている古びた石碑から、駆け上ったのか。通り過ぎようとすると、子猫が再び悲しげに鳴いた。
 
 確かに高い。徹は辺りを見渡したが、足場になるものは石碑以外になかった。子猫が飛び移れればいいのだが、急に高さに気付いたのか、進むも退くもままならなくなったらしい。
 
 雪と茶色い子猫と――高校生か。
 映画の題名のようだと思いながら、徹は石柱に近づいてみた。供物こそ捧げられていないものの、古びた墓石のようである。どちらかと言えば痩せ型の徹ではあるが、登れるかどうかとは別の問題として、墓石に足をかけるのは躊躇われる。

(これしかないか)
 徹は、首に巻いていた緑のマフラーを外した。リュックを地面に下ろすと左手にマフラーを持ち、ゆっくり全身でリズムを刻み始めた。
 
 ざん、ざん、ざん。
 ざざん、ざざん、ざざん、ざざん
 
 一挙動を分割し、その半挙動をまた分割する。分割を繰り返して小さな波の束となったところで、体を滑るように動かす。ベタ足のまま背筋を伸ばし、両足で緩やかに円を描く。独特の呼吸法と共に、垂らしたマフラーに己の意思を流し込む。
 息を鋭く吐き出したその瞬間、振り出したマフラーは一本の棒に姿を変えた。
 
 ホースに勢いよく水を通した。感覚的にはそう表現するのが近いだろう。武道の心得のある者であれば、気を通したと説明するのが一番容易いかもしれない。
 徹は深緑色の棒と化したマフラーを、子猫のいる枝先へと差し出した。

 が、子猫は動かなかい。

「大丈夫だって、乗っても折れない」
 子猫はまだ動かない。
「ほら、大丈夫、保証する」
 子猫は更に警戒する。首の後ろの毛を逆立てているのは、気のせいだろうか。
「早くしろよお前。これ、そんなにもたないんだってば。折れちゃうんだよ――」

(……あれ?)

 徹が子猫一匹説得できない自分にあきれ始めたところで、子猫は、意を決したように飛び乗った。マフラーごと一気に子猫を引き寄せると、徹は小さく息を吐いた。
「頼むから、爪立てるなよ」
 子猫をそっと離すと、子猫は一声鳴いて林に消えていく。徹は額の汗を拭うと、校門へと戻ることにした。

 結局徹は最後まで、自分を見つめる視線に気づくことはなかった。

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