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春の記憶 如月の夢 /春の記憶

2009年11月20日 20:43

「那由、よく来たね」
「叔父様、学園では苗字で呼ぶ約束です」
 宇田川隆介は、目の前の少女の台詞に苦笑する。

 その日は朝から雪が舞っていた。

 理事長室の窓は薄らと曇り、窓枠には水滴がついている。制服を着た目の前の小柄な少女は、古い革張りのソファに膝を軽く斜めに揃えて腰掛けていた。

 宇田川は数年ぶりに会う姪の美しさに目を細めながら、無意識に左手の時計のリストバンドを弄っていた。宇田川は、中肉中背の身体を品のいいスーツで包んでいる。その切れ長の瞳と薄い唇は、聡い者が見れば少女との血縁関係を連想させるに十分な相似であった。

「いずれにせよ、君が転入してくれて嬉しいよ」
「決まっていたことですから」
 その声に特段の感慨は感じられず、むしろ冷ややかな響きさえ混じる。

「そうかもしれない。だが、ここから先は全て君次第だよ」
 宇田川は姪の言葉にも、笑顔のままであった。

 それが不満であるかのように、少女は殊更冷淡に言葉を返す。
「使命なら決まっています。宝玉の主となり、呪いを解くのでしょう」
「お父さんは、そんな説明をしたのかい」

 呪い――その語感に宇田川が微かに眉を顰めると、少女の唇が綺麗な半月を作った。
「夢から醒めないのであれば、呪いと変わりません」
「夢か……」
 宇田川はその言葉に、十五年前の自分自身を思い出す。

 果たして自分はあの時、呪いを解こうとしていたのだろうか。

「呪いか、そうでないかは、那由の目で確かめてくれればいい」
 那由は、再び名前で呼ばれたことに不服そうな顔をしたが、構わず宇田川は説明を始めることにした。

「君は、体調不良を理由に一年間療養しているので、希望通り一年生に編入されることになる。念のため、私との関係は伏せておいた方がいいだろう。苗字が違うことを考えると、それほど気にすることも無いとは思うが」
 無言で頷く少女を見ながら、更に話を先に進める。

「参宮学園には君も知っている通り、連の制度がある。君は、まず、四月のうちに誰か相手を見つけて連を組む必要がある。その際には、条件が三点――」
「自分と違う学年から選ぶこと、相手は一人であること、異性を選ぶこと。わかっています。もう、調査も済んでいますから」

 宇田川は、少女の賢しげな台詞に目を細める。
「なるほど、一年生に編入することも含めて計算済み、ということだね。さすがに私の時とは違う」

 特に嫌味を言うつもりも無かったが、少女は首を横に振った。
「叔父様の時は真の年でなかった、只それだけです」
「むろん鳴神もいなかった。だが、彼の地の一族はいた」
 どこか懐かしむ口調で宇田川が独りごちる。脳裏に、共に宝玉の管理者を目指した青い瞳の少女の姿が浮かんだ。

(ねえ、隆介。私と貴方が組めば、出来ないことなど何も無いと思わない?)
 春の日の情景が昨日のことのように蘇る。あの頃、未来は自分達の前に確かに開かれていた。

(御免なさい。私は貴方を利用するために日本に来たの)
 あれは落ち葉が舞い散る季節だった。芥川や佐倉と一緒に出かけた帰り道だったろうか。

(お願いだから誓って。あなたは私を犠牲にすることが出来る、と)
 雪の記憶と共に、宇田川の口の中に苦いものが広がっていく。宇田川は記憶の底をさらう作業を中断して、目の前の少女へと向き直った。

「私はもっと慎重であるべきだった。いや、むしろ、もっと思い切ってやるべきだったのかもしれない」
 そこまで口にして、宇田川は軽く肩を竦めると目尻に小皺を寄せた。二十代といっても通用する若々しい顔立ちに、年齢相応の影が差す。
「可笑しいだろう。未だに客観的な評価さえできないんだよ」

「いえ。そんなことはないです」
 そう言いながら、頃合いと見たのか少女はソファから立ち上がる。その仕草が小鳥が止まり木から飛び立つ姿を連想させる。
「そろそろ失礼します」

 相変わらず、場の空気を読める子だ。そう感じながら宇田川も頷くと立ち上がり、少女を導くように理事長室のドアを開ける。少女を送り出したところで、宇田川はふと思いついた言葉を口にした。
「そうだ、今日はこれから鳴神の少年が来るが、会っていくかい?」

 少女――葛原那由は小さく首を横に振ると、軽く一礼をして出て行った。

 宇田川が職員室に戻ると間もなく、スリッパに履き替えて黒いダウンジャケットを脇に抱えた優しげな少年が、辺りを見回しながら入ってきた。
 宇田川は冷めかけたコーヒーを一口啜ると、少年に向かって軽く手を上げて合図をした。


「藤原徹君だね。私が転入担当をしている宇田川だよ」


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