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春の記憶 如月の夢/ 如月の夢(前編)

2009年11月18日 00:38

 その時、僕はリタと二人で学校帰り、リタの家まで歩いて戻る途中だった。

 寒いな――イギリス育ちのリタにしては珍しいその台詞に、僕らはコンビニで飲み物を買うことにした。
 当初は周囲から奇異の視線に晒されたに違いない赤い髪も、一年近く経つと多少は風景に溶け込むものらしい。レジの男も特段の反応を見せることなくリタに釣銭を手渡す。

 僕は緑茶のボトル、リタはホットココアの缶を手にコンビニを出た。

 僕は歩き出すとすぐにキャップを開けて緑茶を飲み始めたが、リタは焦げ茶色の缶を手にしたまま、口を付ける気配はない。
 今日は一日中雲一つない晴天だったが、こんな日の空気はむしろ普段より冷たい。吹きつけてきた北風に、僕は緑色のマフラーを巻き直した。

「リタも冷めないうちに飲んだら? その方が持っているより暖まるよ」
 リタの家までは手前の公園の角を右に曲がった後、細い坂道を十分ほど上る必要がある。既に西の空は赤みを帯びており、夕暮れとともに風は一層冷たさを増していた。

「ああ、そうだな」
 相槌を打ちながらもリタに缶を開ける素振りは無い。その声の響きが普段と僅かに異なる気がした。と、不意に先日の会話が甦る。

「リタ、もしかしてココアが好きなのは子供っぽいって言ったことを気にして――」
「そんなことはない」

 リタが否定するタイミングがいつもより早かった。
 そのことに気付いた途端、胸にじわりと可笑しさがこみ上げてきた。

 宝玉の管理者となり、一緒に寝泊まりするようになって二週間。一年近く連を組んで過ごした後であっても、なお新しい発見はあった。その一つが、意外にリタはココアが好きだという事実であった。
 リタといえば紅茶というイメージが強かったが、ちょっとした機会にリタはセシルにココアを頼むのだった。そして昨夜、ココアなんてリタも子供っぽいところがあるんだな、などとつい口にしてしまった。

 あれは失言だった。

 だが僕はすぐに思い返した。もしその言葉を気にしているのなら、今日また自分で選ぶはずがない。
 僕の顔に困惑の表情が浮かんだのが判ったのだろう。リタが立ち止まると前方を指差した。
「徹、そこで飲んでいかないか」

 そこにはリタの家のリビングルームとさして変わらぬ広さしかない、ブランコと砂場だけの小さな公園があった。

 暮れかかる公園には遊ぶ子供の姿は無い。二人並んでブランコに腰を下ろすと、リタはすぐにプルタブを開けてココアを飲み始めた。
 陶器のように白い喉元が何度か小さく動く。リタは缶から口を離すと小さな吐息と共に、満足げな表情を浮かべた。

「なんだ、飲みたかったなら早く言ってくれれば」
 僕はそう言いかけて、ふと思い当った。
「もしかして、歩きながら飲むのは行儀が悪いと思ってた?」

 今度は否定することなく、リタは僅かに微笑んでいる。
 躾の厳しい家で育ったはずのリタである。どうやらこちらが正解に近そうだった。 

「ごめん、全然そんなこと考えなくて」
 謝る僕を前にリタは微妙な笑顔を浮かべていたが、そのうち思案する表情になった。ブランコの鎖を軽くつかんでいた手を離し、胸までかかる豊かな赤い髪を掻き上げる。

 と、笑顔が大きくなった。
「謝ることは無い。私の方が悪い」
「いや、だって」
 それから僕らはひとしきり押し問答を続けたが、不意にリタは軽く溜息をついた。
「これではきりがないな、仕方がない。徹、セシルも知らない私の秘密をお前に教えよう」

 予想外の言葉に心臓が音を立てて跳ねた。

「もしかして、これもまさか……」
 リタは僕の意味を無さぬ問いに対し、否定も肯定もしないまま唇を動かした。
「先ほど飲まなかった理由だが、行儀が悪いと思っていた――というわけではない」

 ターコイズブルーの瞳に宿る光が、これから話すことは他言無用だと告げている。一気に緊張感が高まった。どう繋がるのか見当もつかないが、やはり宝玉に、そしてイギリスに残してきたリタの弟に関係があるのだろうか。
 僕は腹に力を込めた。どんな衝撃の事実を聞かされようとも、僕らは連だ。そう言ってリタを支えるつもりだった。

「実はな――」
 唾を呑みこんで続きを待った。

「私は、歩きながらだとこぼしてしまって、うまく飲めないんだ」

「へっ?」
 耳を疑った。息することさえ忘れたまま、穴のあくほど目の前のリタの顔を見つめる。
 お互いに無言の数秒が過ぎ、やがて少女の白い頬に微かに赤みがさした。

「……徹、まさか私のことをまた子供だと言うつもりじゃないだろうな」

  
 そして――
 僕はリタの台詞にもかかわらず、自分の笑いを止めることが出来なかった。


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