スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

リタ、俺と付き合おうぜ (月の裏 3―1)

2009年07月14日 23:22

「リタ、俺と付き合おうぜ」
 七月十九日、参宮学園祭二日目の午後。
 リタ=グレンゴールドは、一年生の男子生徒と人気のない音楽教室で向かい合っていた。

 二人は黒いグランドピアノの横に並んで立っている。今日も朝から雲一つない晴天であったが、ブラインドが半ばまで下ろされた音楽教室には、眩しい屋外とは異なりどこか静けさが漂う。

 リタに告白してくる相手は、入学してからこれで四人目。即ち毎月一人のペースである。
 果たしてこれをどう理解すべきか。徹より少しだけ小柄な同級生を前に、リタは漠然と思いを巡らす。

 これまで声をかけてきた男たちは皆、似たタイプであった。ろくに言葉すら交わしたことも無い――正確に言えば少なくとも自分の側にその記憶はない――のに、妙に根拠のない自信に溢れていた。

 自分は、こうした男たちの「攻略対象」リストの上位に掲載されているらしい。知らず陶器細工のような頬に微かな薄笑いが浮かぶ。
 彼らは自分が狩人だと思っているが、狩ろうとする獲物が兔なのか狼なのかすら判っていない。

「お前には、藤原先輩より俺の方が合ってるって」
 これも皆同じ台詞だ。リタは半ば呆れ、半ば感心する。それほどまで藤原徹は、本性を隠すのに長けているのだろうか。

 徹が牙を持っていることを、学園の誰も知らない――もっともその牙で敵を喰いちぎったことがあるかは疑問だが。そして自分だけが徹のもう一つの顔を知っている。そのことにリタは誇りと、そして時に興奮すら覚えてしまう。
 そこまで考えたところでリタは、同級生に意識を戻した。

「どうやら有為が待っているという話は嘘らしいな。戻っていいか?」
「リタ、お前年下だろ。十四歳、いや場合によっちゃ十三歳か」
 リタの言葉を無視したままで一歩近付いた男子生徒に対し、リタはポーカーフェイスを崩さなかった。

「どうしてそう思う」
 今回の男子生徒も外見だけで言えば水準以上ではあるが、リタにとって全く興味は無い。
 相手が近付いたのと同じ分だけ、おもむろに距離を取った。

「どうしてか、教えてやろうか」
 男子生徒が厚い唇を嬉しげに開く。粘り気のある声が続いた。

「子供の匂いがするからな」

 僅かに――ほんの僅かにであるが、その言葉に反応してしまった。
 男子生徒の顔に、してやったりとばかりの表情が浮かぶ。リタは自身に内心舌打ちすると、直ぐに主導権を取り返すことにした。相手がこういう戦い方を選ぶなら、自分も別に躊躇する必要はない。

 リタは胸元まで掛かる豊かな赤い髪を掻き上げると、そのまま前に腕を伸ばした。陶器を思わせる少女の白い腕が自分の耳元に伸びるに及んで、男子生徒は身を固くする。
「お、おいおい。ちょっと早い……」
 少女から子供の匂いがすると告げたのは、どの口だったか。瞼を閉じた異国の少女を前にして、男子生徒は先走った妄想に声が上擦る。

 次の瞬間、男子生徒の期待は脆くも裏切られた。

「お前、誰に振られた?」
 再びターコイズブルーの瞳を開いた少女の声は、低い。
「あ?」
「有為か? なるほど、それで今度は私のところに来たか」

 肌に触れて何を読み取ったのか。だがそんな能力の存在など、男子生徒に判るわけはなかった。
 男子生徒の目に動揺と、続いて凶暴な光とが浮かぶ。
「て、てめえ――」

 鼻孔が広がり、厚い唇が小刻みに震えている。後の言葉が続かないままリタに近付いてくる。
 今度はリタも下がらなかった。ターコイズブルーの瞳を正面に向け、敵を迎え撃つかの如く顎を高く上げる。

(久しぶりに試すか)
 声に出さず口だけを僅かに動かした。桜色の唇の隙間から、ちらりと赤い舌が覗く。
 リタの意図に気づかぬまま、男子生徒が薄い肩を掴もうとする。リタが指の間に何かを挟んだ瞬間――

 飛んできた茶色い楕円形の物体が、男子生徒の顔を直撃した。

「痛えっ!」
 鈍い音とともに、間の抜けた悲鳴が上がる。
(ラグビーボールか?)
 咄嗟に避けたリタが、足元に転がったものを見る。

 それは三十センチ近くある、踵を履き潰したローファーだった。

「悪い、歩いてたらすっぽ抜けちまった」
 太い声の主はリタ達より頭一つ高い。
 男はドアのところで一旦頭を屈めると、音楽教室の中へと大股で入って来た。 
「おい小憎。どっか行け」
「な……」
 反射的に何かを言いかけた男子生徒は、改めて男が誰であるかを理解して言葉を呑みこむ。

 男は高宮武だった。

 黒いTシャツの胸は盛り上がり、両拳にはグロテスクな蚯蚓腫れが浮かんでいる。ワンサイズ上を腰穿きしたカーゴパンツの足は、少女の腰を思わせるほど太い。
 全てが男の危険さを雄弁に物語っていた。

「俺は、どちらでもいいんだぜ」
 高宮のトーンが微妙に変わる。どちら、とは何と何を比べているのか。言葉を付け足すことなく、当人同士は完全に理解していた。
「どうする?」
 高宮の声は優しい。が、格が違っていた。

「じゃ、じゃあリタ。考えておいてくれ」
 高宮に圧倒された少年は、どうにか言葉をひねり出すと背中を向けた。
 出口のドアの段差で躓いて大きくよろめいたが、更に声を掛けられるのを恐れたか、照れ隠しのリアクションもせず足早に出ていく。
 高宮はドアに向かって唾を吐いた。

「けっ。胸糞悪いぜ」
 落ちていた茶色のローファーを拾い上げると、右足を通す。
 二人の遣り取りを黙って見ていたリタだったが、
「高宮、礼を言う」
 そう短く口にした。

「お前、何か勘違いしてないか?」
 高宮は面長の顔を――確かに徹よりはハンサムだと思う――近づけて来る。高宮は意外にピアスが似合っていた。
「教えてやろうか。藤原の野郎は今、有理と一緒だぜ」

「ああ、知っている」
 リタの表情は揺るがない。

「あいつも馬鹿だぜ。自分の女が原田みたいな屑に声掛けられてるのも知らず、鼻の下を伸ばしてやがる」
「徹は関係無い」
 即座に、そして冷静に否定するリタに、高宮は大声で笑った。思いのほか甲高い声が二人だけの音楽教室に響く。

 高宮はひとしきり笑った後で、
「おいリタ、ちょっと付き合え」
 そう言って、口の端を上げた。

「奇遇だな。俺も、有理とは関係ないと思ってたところだったんだよ」


トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://waitingforyouguys.blog7.fc2.com/tb.php/182-5069a60d
この記事へのトラックバック


最新記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。