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髪は炎の色にして 第2話 Between a dream and reality 後編

2009年05月03日 22:33

 エドワードは宇田川との話を終えた後、校内を歩いて廻ることにした。

 母とは異なり予知能力に劣るエドワードとしては、足で稼いで成功の確率を上げるしかない。接触型といえばもっともらしく聞こえるが、単に劣後する能力を別の言葉に言い換えただけだと判っていた。人影のない教室に立ち寄っては壁に耳を付け、机に手を当てる。
 校庭を一周した後で裏の林に足を踏み入れたのも、くまなく歩き回ろうとしたエドワードにとっては、いわば当然のことであった。

 武道場は校庭の右奥にあった。裏手には林が続いており、更にその奥には小さな墓地も見える。どこまでが学園の土地でどこからが寺の跡なのか判別し難い。
 エドワードが道場の入口で躊躇っていると、突然誰かが中から扉を開けた。

「あれえ、珍しいなあ」
 目の前には艶やかな黒髪に、そしてその髪よりも更に深い色を湛えた瞳の少女が立っていた。
 黒は悪魔、闇夜の眷属――エドワードが十三年間育んだ浅薄な固定観念は、音すら立てず一瞬で砕け散った。

 肩口で切り揃えた髪は漆黒の中に真珠の光沢を重ねており、その大きな瞳は快活さと知性とを兼ね備えている。制服のスカートからのぞいた脚は軽く左右に開かれ、しなやかに長い。

(参宮では、必ず誰かと「連」を組むのよ)
 母から聞かされていた言葉が脳裏に浮かぶのと、エドワードが口を動かすのは同時であった。

「君の名前を教えてもらえないか――」
 年上に見える少女は一瞬その瞳を見開くと、不意に崩れるように体を折って笑い出した。頭を震わせて笑う動きに合わせ、艶やかな黒髪が波打つ。

「今日はなんだか、面白い日だなあ」
 少女は涙を拭う素振りを見せると、前に一歩足を踏み出した。少女は頭半分高いエドワードを下から覗き込むように上目使いで視線を合わせると、形のよい唇を開いた。

「あたし、荻原有理。合気道部の今度二年生。宜しくね」
 そのまま足を止めずに、赤いスポーツバッグを抱えてエドワードの横をすり抜けて出て行く。故郷の荒れ野に咲く花とは異なる甘い匂いが鼻腔に広がり、無意識にエドワードは顔を赤らめた。

 少女は、どうして自分が日本語を話せるのか、名前は何と言うのか、どこから来たのか、何一つ問うことなく遠ざかっていく。エドワードは、口を半開きにしたまま、呆けた顔つきで少女の後姿を見送るしかなかった。

 日本人は好きではない――そう感じたのはついさっきだったではないだろうか。エドワードが再び考え始めたその時、既に校舎へ続く道への曲がり角にまで差し掛かっていた荻原有理が振り返った。
 少女の瞳が自分を再び捉えるのを見て、エドワードの息が止まる。

(え?)

 少女は何かを叫んでいた。
 確かに聞こえたが耳を疑った。目を細めたエドワードに対し、荻原有理はもう一度声を張り上げる。
 今度は聞き間違いようがなかった。
「その髪、綺麗な色だね」

 エドワードは表情を繕って頷くとすぐに背を向けた。そのまま道場に入り扉を後ろ手に閉める。靴を脱ぐと足早に奥へと進んだが顔が熱く火照るのが感じられた。
 心臓が脈打つ音が脳に直接響く。

 間違いない。運命の出会いは確かにあるのだ。
 エドワードは歩きながら少女の名前を舌の上で転がした。
(ユリ……オギワラユリ)

 馴染みのない響きを覚えこませるため、何度も繰り返す。忘れるわけがないと判っていてもその名を呟き続ける。そのまま、明かりのついている柔道場へと無意識に足を運んだ。
 だが、エドワードは誤解していた。

 何が運命なのか、何が必然なのか。
 荻原有理とあったことが運命なのか。

 それとも、一人の少年と出会った事こそが必然であったのか。
 
 柔道場には、自分と背丈の変わらぬ日本人の少年が立っていた。
 少年はエドワードに気付かぬまま無心に舞っていた。足元にはリュックと緑色のマフラーが無造作に転がっている。
 
 何のことはない光景である。単に目にした内容を言葉にすれば、東洋の舞を見ただけに過ぎない。
 では、自分が皮膚の下で感じるこれをどう説明すればいいのか。

 癇に障る――日本人であればそう表現したに違いない。
 考えるより早くエドワードの身体は反応していたのだ。 
 自分はこの少年と戦うことになると。


 何時しか雨は上がり、窓から覗く厚い雲の隙間からは陽光が差し込んでいたが、エドワードは身動ぎもせず少年を見詰めていた。


 Between a dream and reality 完


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