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髪は炎の色にして 第2話 Between a dream and reality 前編

2009年05月03日 22:25

 生臭い。
 それが日本の雨の最初の印象であった。

 エドワード=グレンゴールドは鉛色の空を見上げながら、車を降りた。
「エドワード様、足元にお気を付け下さい」
 ドアを開けてくれたブロンドの運転手の女性に軽く顎を動かすと、エドワードは異国の地の学舎を改めて眺めた。

 参宮学園の新年度の開始まで、あと一週間足らず。
 十数年前には母も学んだというこの場所は、弦桐寺と呼ばれる名刹だったと聞く。校門から校庭へと続く並木道にもその名残が見て取れる。
 歩き出すとアスファルトに広がった水溜りが不潔な音を立て、エドワードは顔を軽く顰めると首を振った。

 正直に言えば、この国の印象は好ましいものではなかった。
 空港に着いたその日から人々はあからさまに好奇の視線を向け、自分の容貌について囁きあう。燃えるような赤い髪にターコイズ・ブルーの瞳、そして抜けるように白い肌。確かにこの地でエドワードは異質であった。

 だが、彼らはエドワードが自分達の言葉を解さないと理由もなく確信しており、時に耳障りなほど声高になる。母が日本について話すとき、何故あれほど懐かしそうな表情を浮かべていたのか、エドワードには理解できなかった。

「エドワード様」
 大振りの傘を差して背後に付き従う女の声に我に返り、自分の置かれている状況を思い出す。
 答える代わりにもう一度軽く顎を動かすと唇を真一文字に結び、理事長室へと向かって足を速めた。

 こんなところで物思いに耽っている時ではなかった。この地に来てからの自分の一挙手一投足は、全て明確な目的を持っているべきだった。今日の目的についても、改めて立ち止まって考える必要などない。
 自分は、ある男に会うためにここを訪れたのであった。

 宇田川隆介。それが男の名前だった。
 長きに亘ってこの地に居を構え、葛原家に代わって宝玉を守り続けてきた一族。
 十数年前に母と共に運命に挑み、母の為に自ら憑代となることを選んだ男。

「だが、結局は失敗した」
 ぼそりと独りごちる。それは否定することの出来ぬ冷徹な事実であった。
 少年の脳裏に、一週間前に別れを告げた姉の姿が浮かぶ。無意識に唇を噛締め拳を握り締める。
「エドワード様――」
 付き従う背の高い女の声に、今度こそエドワードは溜息をついた。

 何故自分はこうも思考が拡散してしまうのだろうか。

 人はエドワードのことを、姉と同様に意志が強くその目は相手の心を貫くようだと評してきた。
 だが、自分だけは知っている。単に感情表現が苦手で仮面を被っているだけだと。いや、母とセシルは自分以上に分かっているかもしれない。
 一見姉と似た表情の裏で如何に自分が夢想に耽り、下らぬ事に煩悶しているかを。

 エドワードは唇を噛締めたが、直ぐにセシルに何度となく指摘された悪癖であることを思い出し、代わりに顎をひいて目の前を睨みつけた。理事長室はもう目の前であった。
 少年が大きく息を吸い込んでドアを開けると、中肉中背の身体をスーツで包んだ男と、十代半ばの少女の姿があった。

「参宮学園へようこそ」
 男は綺麗なキングス・イングリッシュだった。

 部屋に足を踏み入れたエドワードの目に続いて映ったのは、年代を感じさせる飴色の大ぶりの執務机と、壁一面に備え付けられた書架であった。左手に大きく取られた窓は薄らと曇っている。
 中央に置かれた古い革張りのソファの前で、三十前後と思わしき男がこちらを向いて立ち上がっており、その向かいには、制服を着た小柄な少女が膝を軽く斜めに揃えて腰掛けていた。華奢な手足やほっそりとした首筋が、どこか綺麗な羽根を持つ小鳥を思わせる。

「お前が宇田川か」
 エドワードの言葉に少女が不快そうに眉を顰めた。だが、その仕草も優美である。 

「どうやら私は失礼する時間のようですね」
スーツを着た男が頷くと、少女を導きながら理事長室のドアを開ける。送り出したところで、男はふと思いついたように少女に呼びかけた。
「判らないことがあればいつでも連絡してくれ」
 少女はその言葉に頷くと、軽く一礼をして出て行った。

 エドワードはその姿を目で追ってしまった。少女の美しさもさることながら、彼女が自分といつか関わることになる、理由も無くそう確信を持った。だが、それ以上思考が拡散する前に男に向き直ることにした。

「宝玉はどこにあるのか」
 単刀直入なエドワードの問いに対して、目の前の男――宇田川隆介は歯を見せた。育ちのよさを印象付ける笑顔であったが、エドワードは男の瞳の奥に憐憫の影を感じとり、鼻に皺を寄せた。

「君はもう、学園のルールをお母さんから聞いているんじゃないのかい?」
 既に宇田川は、言葉を日本語に切り替えている。ソファに再び深く腰を下ろし両手を膝の上で組んだ姿は、少年の存在など取るに足らぬものであるかのように些かも動じる素振りがない。
 仕立ての良いスーツ、磨き込まれた茶色の革靴、袖口から覗く同系色の腕時計。その全てに隙がなく、それが故にエドワードを苛立たせる。

 エドワードは無意識に顔を歪めながら前髪を掻き上げた。姉と同じ炎の色をした、だが姉よりも癖が強いウェーブを、指の腹でぐしゃりと押し潰す。
「質問に答えて欲しい。宝玉は今もここにあるのか」

 宇田川は敵意すら感じさせる少年の問い掛けにも笑顔を崩さなかった。
 エアコンの低い振動音だけが響く部屋で、二人はただ見詰め合う。
 先に口を開いた方が負けだ――エドワードは理由もなく、そう感じていた。

「中途半端な覚悟では――」
 そして静寂は、破られた。

「中途半端な覚悟では、命を落とす」
 その言葉を口にした男は、最早笑みを浮かべてはいなかった。如何なる表情すら浮かべていなかった。
 突如として少年の心の奥底から、不快感が湧き上がる。
 宇田川の言葉の意味するところについてはエドワード自身、日本に来る前から自問自答してきた内容であった。

 そんなことは判っている。自分は無様に失敗したお前とは違う。
 拳を握り締めたエドワードが口を開こうとした瞬間、宇田川が言葉を継いだ。
 その言葉は、それから数日の間エドワードの耳朶にこびりついて離れることはなかった。しかも回想の中では不快な笑い声さえも重なるのであった。

「君はきっと、今年度の管理者にはなれない」

 それが宇田川の答だった。
 エドワードは歯を食いしばった。
「そんな言葉は認めない、今回こそ、凶獣と相対して必ず姉を救う」
 何か言いかけようとする男に、赤い髪の少年は強引に言葉をかぶせた。
「覚悟ならある」

 この命に代えてもだ――


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