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髪は炎の色にして 第1話 About fifteen years ago 後編

2009年05月02日 22:48

「アナスタシア、教えてくれ」

 その後急いで席を立った隆介は、三年生の教室で友人達と話に興じていた赤い髪の少女を武道場の裏に誘った。少女は、驚いた顔も見せず隆介の後をついてくる。
 後ろで囁き合う上級生の姿に、この行動が直ぐに学園中の噂に上るであろうと判っていたが、焦る頭ではこんな強引な方法しか考えつかなかった。

「私は日本の春が好きよ。桜も素敵ね」
 アナスタシアが散りかかった桜の古木を見上げながら、そう口にする。季節が風薫る新緑の五月へ移ろうのを惜しむ風情であった。

 学園が設立される前は古刹だったというだけあり、校舎の裏手に回ると驚くほど自然が残っている。つられて空を見上げた隆介の視界に、ここをねぐらと定める小鳥たちが上空で舞う姿が目に入った。

 陽は既に傾きかけ、西の空は赤みを増している。少女の髪は、その空よりも赤く輝いていた。

「兄さんにも見せてあげたいわ」
「はぐらかさないでくれ。本当に奴の、芥川の申込みを受けたのか」
 苛立つあまり、懇願というより脅迫にも近い口調になってしまった。
 少女の青い瞳に僅かに動きがあったが、直ぐに神秘的な光を湛えた表情に戻る。年齢以上に落ち着いた表情で胸の前で腕を組んだ姿は、普段と変わるところは無かった。

 そうね、少女は小さく頷いた。
「明日まで私の気が変わらなければ、あなたの申込みを受けるわ――芥川君にはさっきそう伝えたの」
 奇妙な答えに隆介は眉根を寄せる。そのまま考え込んでいる隆介を前に、アナスタシアが真珠を思わせる歯を見せた。
「だからあなたにとっても、これが最後のチャンスね。でも嬉しいわ、直ぐに私を呼び出してくれて」

 彼女は自分の魅力を熟知していた。計算された台詞と判っていても、隆介に甘い痺れが走る。灰色と臙脂色のストライプのリボン・タイの下、腕組みをした少女の胸元に無意識に視線を移してしまう。

(でも嬉しいわ、あなたが直ぐに私を呼び出してくれて――)

 心の中で少女の言葉が木霊する。
 自分は何を考えているんだ。彼女とは目的を達成するため利用し合う関係に過ぎないじゃないか。
 内心舌打ちをした宇田川の耳に、再び少女の声が響いた。

「宇田川君、奇蹟を起こす気はある?」

(え?)
 思わず隆介は顔を上げた。
 何を突然――そう言いかけた宇田川の目の前に、先程とは全く異なる少女の姿があることに気付いた。

 その、人としての容れ物は一緒。
 どこか奇妙な、僅かに挑発さえ混じる口調で話しかけるのも一緒。
 だが、その瞳の奥に浮かんでいるのは真摯な――どこまでも真摯な光であった。

 隆介は瞬時に悟った。この少女は、宝玉が何をもたらすかを、そして何を代償に求めるかまで知った上でこの地に来たのだと。
 偉大な祖父に認められたいという思い。
 ライバルに負けたくないという思い。
 そんな底の浅い欲望に捉われていた自分を恥じる。

 気付いた時には、隆介は頷いていた。
「ああ、俺たちで一緒に奇跡を起こそう」
 どちらがどちらを利用するかなど、考えもしなかった。

 アナスタシアが組んだ腕を解くと、赤い髪を掻き上げる。西日に照らされた彼女の髪は、人ならぬ者の手で織上げられた金紗銀紗の輝きを纏っていた。
「誓える?」
 念押しをする少女の声は先程と同様に軽やかだったが、その瞳を見れば言葉の重みを誤解するはずなどなかった。

 心臓が強く脈打つのが判る。
 隆介は背筋を伸ばし、正面から少女の顔を見詰めた。

「誓う、この老木の前で誓う」

 果たして赤い髪の少女はこの老木の、そして足元の墓石のことまで知っていただろうか。
 だが彼女は満足げに頷くと手を差し出してきた。
「判った。芥川君には明日断るわ、縁が無かったって」
 隆介がそっと細い指を掴むと、アナスタシアが握り返してきた。

(あ……)

 思いのほかの力強さに、小さく声を漏らす。言葉にならぬ何かがアナスタシアの手から自分に流れ込んでくる。先程の痺れなどとは異なる、震えにも似た歓喜が全身を突き抜ける。

 アナスタシアは隆介の手を取ったまま、目を細めてその反応を確かめていたが、
「これであたし達はパートナーね」
 ふ、とその表情が和んだ。と思う間に大輪の花が咲き誇るような笑顔へと変わる。

「これから一年間宜しくね、隆介」
 


 連の締切りまであと僅か。参宮学園で過去幾度となく繰り返されてきた、ごくありふれた春の光景に違いなかった。季節は廻ろうとも時は戻ることなく過ぎゆくのみ――その言葉の意味を隆介が実感するにはまだ若すぎる年であった。

(ねえ隆介、あたしにはこの光景が見えていたのよ――)

 続いて耳朶を打った少女の声は、今思うと幻聴だったのだろうか。


 About fifteen years ago 完


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