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髪は炎の色にして 第1話 About fifteen years ago 前編

2009年05月01日 00:29

「ちょっと考えさせて貰える?」
 それが連を申し込んだときの彼女の答えだった。

   * * * * * * * *

 アナスタシア=ハート。三週間前にイギリスから突然やって来た赤い髪の三年生は、参宮学園高校に春の嵐を巻き起こしていた。

 背が高く均整のとれた――いや、日本人の基準からすれば胸元はそれ以上の、容姿。スクリーンの中でしか見かけたことのない、血管の浮き出るような白い肌と彫りの深い整った顔立ち。生命力に満ち溢れていながら、ふとした拍子に神秘的な影が差すターコイズ・ブルーの瞳。
 そして何より、燃えるように赤く豊かな髪。

 脳裏に次々と浮かんだ陳腐なまでに文学的な表現に、宇田川隆介は昼休みの教室で溜息をついた。

 隆介たち二年生が上級生である三年生に連を申し込めるのは、今週一週間だけである。
 先週まで新入生たちが軒並みアナスタシアに申込んでは断られたとの噂は、隆介も耳にしていた。勇気ある少年達は、数えるのに片手では足りぬ数に上ったという。中には自作のラブソングまで披露した者までいたというから驚きである。

 噂と言えば、彼女は如何なる相手にも即答しなかったらしい。

「ちょっと考えさせて貰える?」
 常にそう口にしたという。
 転校生の人気を必ずしも快く思わない少女たちの間では、これが流行語になっていた。
「ねえ、お昼は屋上で食べようよ」
「ちょっと考えさせて貰える?」
 今も教室の少し離れた席では、クラスメイト達が下らぬ会話に笑い崩れている。

 宇田川は無意識に眉を顰めると、再び机に頬杖をついた。

 去年は残念ながら、ナンバーワンの連になる夢は叶わなかった。

 長年学園の理事長職に君臨する祖父の力をもってすれば、孫に宝玉の管理者の栄誉を与えることなど造作もなかったろう。そもそも宝玉の呪いを解くことは、自分のみならず一族全ての悲願である。
 
 だが、祖父は隆介が選ばれることをよしとしなかった。
 実力不足。その言葉を口に出されるまでもなく、隆介本人が一番良く判っていた。

 とはいえ、自分が成長していることも事実である。これから一年で祖父の眼鏡に適うまでなってみせるとの自負はあった。そのためにも――そうであればこそ、今回のドルイドの少女の来訪は隆介にとって願ったりであった。

 まず間違いなく、彼女の方も隆介を知っているはずであった。遥か異国の地から宝玉を求めてきたのであれば、自分たちの事も当然調査済であろう。
 赤い髪の少女の目的は知る由もないが、彼女が一年生達の申込みを切って捨てたのは、自分からの申込みの可能性に賭けていたからだと隆介は信じて疑わなかった。これはごく当然の推論であった。

 にもかかわらず、まさか自分もこの言葉を聞くことになるとは――

(ちょっと考えさせて貰える?)

 自然と苦い笑みが浮かぶ。
 頬を撫でる風に窓から外を見ると、裏手の桜の古木は既に葉桜へと変わっていた。

   * * * * * * * *

「隆介、き、聞いたかよ」

 隆介はその日の放課後、小柄な親友が息せき切って教室に飛び込んでくる姿に顔を上げた。
「一体何だよ。そんな慌てて」
 栗原和人――隆介が参宮学園に入学する前からの、いや、正確に言えば物心ついたときからの幼馴染が、その黒々と太い眉を困惑に歪めていた。

 栗原は、過去のことが次々と記憶から消え去ってしまうという奇病に侵されていた。恐らく今の栗原には、自分が参宮学園に入学する前の記憶は既に無い。
「お、俺の頭ん中はおが屑が入っているんだって、い、医者の先生も言ってたぜ」
 隆介が幼い頃、栗原はよくそんな台詞を好んで口にしていたが、きっとそれすら忘れてしまっているだろう。

 隆介は一瞬脳裏をかすめた感傷を直ぐに振り払った。
「だから何だよ」
 幼馴染に対し、敢えて乱暴な口調でそう尋ねる。
 栗原は唾がかからんばかりの距離まで顔を近づけてきた。
「お、お前、そ、そんな落ち着いてる場合じゃ――」

「全く栗原君はいつも大袈裟なんだから」
隣の席の水野貴子も、慣れっことばかりに茶々を入れてくる。
「また、未確認飛行物体でも見たのか?」 
 皮肉る隆介に、憤慨した栗原が一層顔を近づけてきた。

(鼻にでも噛みつくつもりかよ)
 隆介が内心そう軽口を叩きかけたところで――
「ア、アナスタシアちゃんが、芥川に連のOKを出したんだぞ!」

(え……?)
 予想もしなかった栗原の言葉に、隆介の動きが完全に止まった。

 芥川圭吾。
 その名前は参宮学園の生徒であれば、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。
 芥川がまたやったらしいぜ。
 本当にあいつ馬鹿だよな。
 そんな話題はこの一年で既に日常化した。

 入学早々、全校生徒の前で陸上部のエーススプリンターだった三年生に一対一の勝負を挑んであっさり玉砕した話から、先週西川の授業中にいきなり贔屓の野球チームの応援歌を歌い出して抜き打ちテストを中止させた話まで。芥川の名前が学園で話題に上らない日は無かった。

 連についても、去年は組む相手を見つける前からナンバーワンを狙うと公言しては、相手という相手に引かれてしまい、片っ端から断られていた。
 最後にようやく見つかった三年生の少女は一学期末での転校が決まっていたという落ちまでついて、一年前の春は随分もの笑いの種になったものだった。

 だが一方、物怖じせず何にでも向かう姿勢や裏表のない性格、そして何より、小柄な身体にもかかわらずサッカーからバスケット、バレーに至るまで球技全般に運動神経の冴えを見せる少年が、学園でのポジションを確かなものにしていくのに時間はかからなかった。

 理事長の血縁で学年一、二を争う秀才と、行動に幼さを残した愛すべき学園の名物男。
 決して仲が悪いわけではないのだが、好対照と捉える周囲の評価が二人の間に見えない皮膜を――おそらくは隆介の方からだろうが、作っていた。

 だが、だがまさか、彼女が芥川に色よい返事をするなどとは――

「か、彼女が芥川なんかと連を組むはずがない!」
 動揺からつい語気を荒げる。
 栗原だけでなく水野貴子も驚いたように顔を向けた。

「宇田川君、それはちょっと言い過ぎじゃ」
 失言に気付いて隆介は慌てて言い訳を探した。
「いや、その……あいつには坂本先輩がいるだろ」

 昨年、組んだ相手が転校して連が崩れた後、既に人気者になっていた芥川には、連を組めなかった何人かの少女からアプローチがあったらしい。
 中には単に連の相手というだけでなく、恋愛対象としての告白もあったと聞く。

 だが、芥川は他の少女に靡かなかった。
 理由はどうやら芥川の家の近所に住む一つ年上の坂本美由紀にあるというのが、もっぱらの説であった。

「で、でも実際、芥川はア、アナスタシアちゃんに申し込んだのは事実だし……」
 栗原が困った顔で付け加える。隆介の方も、自分の下手な言い訳に拘るつもりはなかったので、曖昧に同意してみせた。

「それにしても連って罪作りなルールだよねえ」
 横から水野貴子も言葉を挟んできた。
「青春まっさかさまの男女が一年間も一緒に組んで、何も感じない方がおかしいもんね。芥川君だって、坂本先輩への気持ちがこれからどうなることか」

「水野、青春まっさかさまじゃなくて、真っ只中だ」
 隆介の指摘に水野が只でさえ細い目を糸のようにして笑い崩れた。つられて栗原も笑い声を上げる。
 話の落ちがついたとばかりに水野が立ち上がり、その後栗原も、と、とにかく気を落とすなよ――そう言うと去っていく。

 だが隆介は内心、激しい焦りが頭を擡げてくるのを抑えることができなかった。


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