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夢を見ていたんだ (続・月の裏4)

2009年04月10日 00:01

「……リタ、戻って来てたんだ」
 その時、ベッドの上の少年が静かに目を開けた。
 傍らに立つ母が、驚きと共に少年の名を口にする。背後からは奇跡だと呟く看護婦の声が聞こえた。

 病室に横たわる少年の顔は、その染み一つない壁の色よりも白かった。

「ねえリタ、僕は今夢を見ていたんだ」
 私と同じ、燃えるように赤い髪とターコイズ・ブルーの瞳の少年が話し掛けてくる。いや、ひび割れた唇を動かしただけなのかもしれない。
 だが、私はその声をはっきり聞き取ることが出来た。

「リタの代わりに僕が、参宮学園に入学した夢だったよ」
 夢の中の光景を思い返すように少年は目を細くした。私はその表情を眺めるより先に、げっそりこけた頬と尖った顎の方が目に入ってつい目を伏せてしまう。

 少年は私の変化に気付かずに、枕の上の頭を私の方に傾けて話し続ける。
「でも良かった、リタが男に生まれてこなくて」

(え……?)

 思いがけない一言に、足元へと逸らしかけた視線を再び少年へと戻す。そして――
 私は息を呑んだ。
 少年の顔に浮かんでいたのは、私が知る弟の照れた幼い微笑ではなく、一族の運命を誇り高く受け入れる男のそれであった。

「お陰で、僕はいつでも安心して眠れる」

 何と答えればいいのか。私は、どう答えればいいのか。
 逡巡しているうちに、再び少年は青い瞳を閉じてしまった。

 どれだけ時間が経ったのだろう。

 気付くと私は立ったままで母に強く抱きしめられていた。
 先ほどまでの消毒液の匂いに代わって、暖かな懐かしい匂いが全身を満たしている。

「よく堪えたわね。いいわよ、エドワードは眠ったから」
 
 両眼から滂沱の如く涙が流れ落ちるのに、それから時間は掛からなかった。

   * * * * * * * *

「さあて、じゃあお待ちかねのメインイベントだ」

 突然の瓜谷の大声に、徹と杉山は会話を止めた。
 一体何が始まるというのか。いぶかる徹をよそに瓜谷が立ち上がると、奥に向かって軽く右手を挙げる。
 と、それを合図に、突如スピーカーから陽気なアレンジのバースデイ・ソングが大音響で流れ出した。店中の客が話をやめて周囲を見回す。

(もしかして――)

 奥から満面の笑顔を浮かべたウェートレスが、蝋燭に火を灯したチョコレートのホール・ケーキを徹の前に持ってきた。徹を囲んで瓜谷が、有理が、桐嶋が、楠ノ瀬が、杉山が、そして有為すらもどこか怒ったような顔で音楽に合わせて歌を口ずさんでいる。

 朝、姉妹と待ち合わせる前に一瞬期待して、そして買い物を続ける間にすっかり諦めていた展開が、まさに目の前にあった。自分の耳が一気に充血するのが判る。
 その間も仲間たちの歌声は続いている。

“Happy birthday to you!”
 最後のフレーズと共に全員の声が一層大きく揃った。

 いつ用意したのかクラッカーの甲高い破裂音が二度、三度と響き、一拍遅れて色とりどりの紙吹雪が舞い散る。周囲に急かされて徹が蝋燭の火を吹き消すと、少女たちから歓声が上がった。
 
「徹君、おめでとう!」
 有理がリボンに包まれた薄い包みを両手で差し出してきた。

「こ、ここにいるみんなからなんだ」
 桐嶋が、八の字の太い眉をこれ以上無いほどに垂らして笑顔を作っている。頭の上にクラッカーの紙吹雪が載ったままなのが、何とも桐嶋らしかった。

「ちなみに選んだのは、有為ちゃんだから」
「楠ノ瀬先輩!」
 含み笑い混じりの楠ノ瀬の言葉に、途中から焦った有為の声が被さる。

 徹はちょっとしたサプライズ・パーティーの余韻に浸りながら仲間たちの会話を聞いていたが、周囲から急かされて包みを開けることにした。
 不器用な手つきでリボンを解いていき、テープを剥がし――

(あ……)

 それが何なのか判った瞬間、どきりとした。
 中から姿を見せたのは、黒いカーフレザーのパスポート・カバーだった。

 何故パスポート・カバーなのか。
 
 リタが二学期の終業式も待たず、「少し早く」イギリスに帰省して既に一週間。結局その理由は、後から掛って来た電話でも説明のないままであった。
 一度リタの故郷に行ってみようか――海外はおろか、飛行機に乗ったことすらない徹の心中に漠然とそんな思いが擡げ始めていたのは、事実であった。

 奇妙な偶然の一致に胸がざわつく。
 が、

「カバーに穴がたくさん空いてておしゃれでしょ」
 徹の表情の変化に触れぬまま、選んだ自分の趣味の良さだけを自慢げに話すところが有為らしく――そう、自己中心的なようで実は察しのいい有為らしかった。

 その台詞に真顔で相槌を打つ桐嶋の人の好さも相変わらずだった。
 あたしも色違いのを自分で買っちゃったんだ――楠ノ瀬もいつも通りの調子で話しかけてくる。
 仲間たちのそれぞれの言葉に、一瞬強張った徹の顔から思わず笑みが零れた。

「ここにリタちゃんがいれば、完璧だったんだけどね」
 申し訳なさそうに徹の顔を覗き込む黒髪の少女に、徹は頭を振った。

「何言ってるんだよ。皆がいてくれるだけで完璧以上だよ」
 心の底からの気持ちであった。
 そう言いながら何の気なしに革の匂いを嗅ぐ徹に、少女たちから小さな笑いが漏れる。 

 瓜谷も口の端を上げたままその光景を眺めていたが、
「確かにいい選択だ。使う機会が直ぐ来るのも、いいような悪いような――だがな」

 陽気な口調の中にも、何かを見通した台詞であった。
 その真意を咀嚼するかの如く、車椅子の少年が目を細めて眼鏡の弦を指で押し上げる。
 徹は不意に、実験教室でのリタの瞳を思い出した。

(少し早くイギリスに帰省したくなったからな――)

 あの時、少女の表情に影が差していたような――
 
 いや、自分の思い過ごしだ。
 徹は直ぐに不吉な考えを頭の中から追い払った。

 今はそんなことを考える必要はない。目の前にはリタこそいないものの、大切な仲間たちの笑顔が揃っている。間違いなくこれまでで最高の誕生日を、心の底から楽しむべきだった。
 そんな徹を眺めていた瓜谷が、白い歯を見せると再び右手を上げた。

「ようしマスター、じゃあ記念写真でも撮ってくれよ」
「瓜谷先輩、マスターってそれ死語だから」

 息の合った連の二人の掛け合いに、再び喫茶店の中が笑いに包まれる。
 ケーキを徹たちに切り分けていたウェートレスさえも、堪え切れぬように肩を震わせている。

 宝玉の管理者の発表まで三週間、土曜の晴れた午後のことであった。


 続・月の裏で会いましょう 完


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