スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

何か足りないんだよなあ (続・月の裏2)

2009年04月05日 22:02

「……で、何でこうなるんだ」
 若い女たちでごった返すアクセサリー店の前。徹は自分の黒いダウンジャケットに小脇に抱えたまま、呆然と立ち尽くしていた。

 結局、徹は翌週末に有為の買い物に付き合うことになった。
 
 いや、正確に言おう。荻原姉妹の買い物に付き合うことになったのである。先ほどから黒髪と栗色の髪の美少女姉妹は、西砂の駅前に出来たショッピング・モールの中を端から端まで移動し続けている。

 ワンフロア降りるごとに、徹の両腕にぶらさがる買い物袋が増えていく。
 館内の強すぎる暖房と相まって、徹の額には玉の汗が浮かんでいた。

 このメンバーで歩くと周囲の視線を集めるのは判ってはいたが、こと男たちからの視線に限っていえば、妬み、戸惑い、憐み、疑い――これまた何一つポジティブなものがない。唯一の救いは、この場に楠ノ瀬麻紀がいないことだった。

 もし、彼女に見つかろうものならどんな攻撃を――

「あれえ、徹ちゃんじゃない?」
 徹は頭を抱えてうずくまった。
 茶色いウェーブのかかった髪に日焼けした肌――まさかの相手が隣の店先に立っていた。

 楠ノ瀬は言葉こそ問い掛けの形ではあったが、その眼は既に獲物を見つけた動物のそれだった。徹に向かって軽やかな、だが決して逃走を許すことのないステップで近づいてくる。

 しゃがみこんだ徹が再び顔を上げると、制服より十センチは短いスカートから覗く少女の太腿がもう目の前だった。慌てて視線をずらすと、少女の手には先ほど自分達が出てきた店と同じ紙袋があった。

「く、楠ノ瀬も買い物か?」
 あまりに運のない展開に語尾が震えたことくらい、許して欲しいと思う。

「うん。徹ちゃんたちも?」
 何か突っ込まれると思ったが、意外にも素直な楠ノ瀬の返しに徹は安堵した。いつ買い物を終えて出て来たのか、後ろで有為が嬉しそうに手を叩く。

「楠ノ瀬先輩、奇遇ですね。今日はこの後お暇ですか」
「うーん、暇というか約束があるというか……」
 続きを言い掛けた楠ノ瀬の後ろに、見慣れた形の良い頭が覗いた。

「俺なら暇だぞ」
 茶色のムートンジャケットを着た瓜谷悠が白い歯を見せていた。

   * * * * * * * *

「おぼえていますかぁ 目と目が合った時を~」
 瓜谷の鼻歌を聴きながら、クリスマスの飾り付けが施された駅前通りを五人が歩いて行く。

 瓜谷たちが一行に加わったことで、周囲の視線の量が倍加するとともに、その中身も羨望、感嘆、陶然――余りにも色々なものが混じり過ぎて、既に徹の語彙では分析できなくなってきていた。

 荻原姉妹や楠ノ瀬が、あちらに寄りこちらに寄りするのは相変わらずであり、その度に荷物を抱えた徹は案山子の如く店の前で芸もなく立ちつくしては、少女達を待っている。
 一方の瓜谷は手ぶらのままで時に右肩を回して投球フォームをしたり、時に女性店員に無駄口を叩いたりしては自由気ままに楽しんでいる。

 荻原姉妹と待ち合わせしてから既に三時間余り。あまりにお約束の流れといえ、自分の置かれた理不尽な境遇に天を仰ぎかけたところで、

「何か足りないんだよなあ」
 西砂で一番新しいファッションビルの前、蝶のオブジェが飾られた広場に差し掛かかると不意に、瓜谷が鼻歌を止めて呟いた。

 その瞬間、徹の背中に緊張が走る。
 ぞくり、首の後ろの産毛が逆立つ。

 これが単なる独り言と思ったら大間違いだ。この台詞は一体何の布石なのか。
 無意識に腰を低くして身構える徹の頭越しに、楠ノ瀬が相槌を打つ。
「そうそう」

「でしょ」
 有理も顔を近づけるようにして追随する。
 仲間たちの会話が噛み合うのと反比例して、徹の緊張感は急速に高まっていく。だがその一方、有理の肩口に流れ落ちる艶やかな黒髪に性懲りもなく見惚れてしまう。

 金木犀に似た香りが微かに届いた――が、その香りを感じる間もなく、
「という展開を予想して、さっき呼んじゃいましたあ」
 語尾にハート・マークが付きそうな声で、有為が纏めてきた。

 柄にもなくそんな声を――

 そう思いかけたところで、物凄い目つきで有為がこちらを見た。睾丸が縮みあがり、慌てて危険な考えを追い出す。

「よ、呼んだって誰を?」
 代わりに当然の疑問を口にしてみたが、栗色の髪の少女から返ってきたのは大袈裟な嘆息だった。
「藤原先輩だけですよ、そんな察しの悪い台詞を口にするのは」

「へっ?」
 嫌味を言う時だけの「藤原先輩」モードだったが、徹には意味が判らず間の抜けた返事をしてしまった。

「有為」
 有理が流石に妹をたしなめるが、若干含み笑いが混じっている。
「じゃあ徹ちゃんに問題。有為ちゃんは誰を呼んだでしょう。一回で答えられなかったら罰ゲームね」
「お、おい楠ノ瀬――」

 既に有為は拍手をしている。蝶のオブジェの周囲で待ち合わせをしている人々が、何事かと徹たちの集団を眺めている。
 この展開の速さはまずい。まずすぎる。

 救いを求めて振り返ると、瓜谷は腕組みをして不敵な笑いを浮かべていた。
「藤原ぁ、男を見せろよ」

(瓜谷先輩。楠ノ瀬の質問も先輩の発言の意味も全く判りません……)
徹が心の中でそう口にした瞬間、新たな声がした。

「お、遅れちゃったかな」
 毛糸の帽子をかぶった徹の小柄な親友が、眼鏡の少年の車椅子を押してやって来るところだった。

 車椅子を押す少年の顔には、自分も呼ばれたことを喜ぶ邪気のない笑みが広がっている。一方、車椅子に乗った少年はといえば徹を一瞥しただけで今日これまでの展開を読み切ったらしく、眼鏡の奥に共感とも同情ともつかぬ微妙な雰囲気を漂わせている。

 二人は、桐嶋和人と杉山想平だった。


トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://waitingforyouguys.blog7.fc2.com/tb.php/149-b0f9019b
この記事へのトラックバック


最新記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。