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第四話 相違ござらぬか (月の裏で会いましょう4)

2009年03月05日 00:27

 その夜は、野犬の遠吠えがやけに耳に付いた。

「今夜も凶獣が徘徊しておるか」
 男は、筆を仕舞いながら誰に話しかけるとも無く呟く。

 葛原貞義のもとを訪れてから二週間、目は一層落ち窪み、髪はほつれている。
 鬼相が出ている――占師でなくとも、そう見立てるに違いなかった。
 如月も半ばになるとこの地に雪が降ることは滅多に無いが、今日は昼過ぎから雲が厚く立ち込めている。日が暮れてからの冷え込みも昨夜より厳しかった。

(月が顔を出してくれればいいのだが――)

 男はそう思いながら、隣の部屋で正座していた娘の楓に声を掛けた。
「では行ってくる」
 葛原木蘭との約束の時間まで、まもなくであった。

 楓は今年数えで十一。まだ顔にはあどけなさが残るが、自分を見詰めるその姿に亡き妻千草の面影が重なる。
 男は微かに目を細めた。
「蝋燭の火は絶やさず、夜が明けるまでこの部屋から一歩も出ないように」
 小さく返事をする楓に男は満足げに頷くと、引き戸を開けて外に出た。

 男はそのまま無言で歩を進めたが、村境に差し掛かったところで足を止めた。
 男の幼少から身近に感じてきた気配が漂ってくる。気配を発している者たちは、それを隠そうともしていなかった。

 殺気であった。
 男は提灯を手にしたまま、軽く腹に力を込める。

「葛原家の家臣とお見受けするが、相違ござらぬか」
 男の声が夜の闇に響いた。

   * * * * * * * *

 全身に刀傷を負った男がその場所に辿りついたのは、既に明け方近くであった。
 約束を果たす――
 その一念で、ここまで来た。 

 だが、既に手遅れだったのだろうか。
 竜巻が通過した後のように、その一角の草木が薙ぎ倒されている。
 巨大な力の痕跡が記されている。
 そして何より、むせ返る血の匂い。
 
 これだけ血が流れて、人が無事でいられるはずが無い。
 男は不吉な予感を振り払い、桜の木の下に走り――

 地面に顔を突っ伏して倒れこんでいる小柄な男と、銀髪の少女を見つけた。

 初めて見る小柄な男の左脚は足首から奇妙な角度に曲がり、右の肩口からは鎖骨が剥き出している。
 その手は銀の鎖を掴んで離さず、鎖の先にはどす黒い染みが広がっていた。
 重なるように倒れている少女の銀髪は土埃にまみれ、揺さぶっても何の反応も示さない。
 
 果たして何があったというのか。
 凶獣はどこへいったのか。
 
 と、男の足元に何か固いものが触れた。

 手を草叢の中に伸ばすと、乳飲み子の頭ほどの球体の石があった。
 慌てて拾い上げた両手の中、宝玉が一瞬光る。
 振り返った桜の梢越しに、曙光が男の目を刺した。

 春分の夜の――
 男の生涯で最も長い夜の終わりであった。


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