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第二話 最高の相手を狙わなきゃ (月の裏で会いましょう2)

2009年02月27日 23:40

 四月六日、始業式の朝、午前七時三十分。
 
 桐嶋和人は独り暮らしのアパートで朝食を取っていた。
 痩せた小柄な身体を前屈みにして、黙々とパンを口に運ぶ。テレビのニュースは天気予報へと変わっていたが、桐嶋の頭の中は、あと一時間もしないうちに貼り出される新年度のクラス分けのことで一杯だった。
 
 連の仕組みはシビアである。異性受けする者であれば引く手も数多だろうが、全ての生徒がその条件を兼ね備えているわけではない。麗らかな春の一ヶ月は、一部の生徒に取っては悪夢の季節でもあるのだ。
 昨年、連を組めなかった桐嶋にとっては、クラスこそが自分の居場所を見出し友情を育むための場所になるはずであった。だが――

 一年のときのクラスを思い出して、桐嶋は憂いを帯びた表情を浮かべ睫を瞬かせた。

 桐嶋の両親は桐嶋が幼い頃に病で他界したという。
 桐嶋自身、二年ほど前に酷い交通事故に遭ったこともあり、それ以前の記憶が殆どない。身寄りの無い桐嶋にとっては、学費のかなりの部分が卒業生の寄付で賄われている参宮学園で無ければ、果たして高校に通えていたかどうかも疑問だった。

 自分のこうした生い立ちを同級生達が知っているのか、桐嶋には判らない。だが桐嶋自身がどこか影を感じさせるのか、親友と呼べる相手が出来ぬまま一年が過ぎてしまった。

 桐嶋は軽く溜息を付くと牛乳を飲み干し、立ち上がった。

   * * * * * * * *
 
 午前七時五十分――

「有為、先行くわよ!」
「ちょっと待ってよ。有理は髪の毛に気を使わなさ過ぎ」
「あたしはいいの。大体、武道やっててそんな髪型に出来るわけないでしょ」

 荻原有理は妹の有為の言葉を軽く受け流すと、茶色のローファーに足を通した。
 今日から、姉妹そろっての通学である。参宮学園までバスで二十分。今日はバスの窓から見える桜並木も見事に違いない。
 有為は自分よりも可愛いと思うのだが、すぐ感情の起伏が顔に出るのが玉に瑕だ。さっきから髪の毛が決まらないとぶつくさ言いながら、しつこくやり直している。

 今からそれじゃあ髪の毛痛むよ――
 有理はそんな台詞を飲み込む。多分、有為の機嫌が悪い本当の理由は別にある。今日の新入生挨拶を、他の同級生に取られたからだ。

 有為は、去年の春に有理が新入生挨拶をした時、絶対来年は自分がやると誓っていた。実際、中学三年生の間、有為は学校でトップを守ってこの日に備えていた。負けん気の強い有為が今回どれほど悔しく思ったことか、容易に想像できる。

 参宮学園の入学試験の問題は決して難しくない。受験に推薦状を必要とするため入口段階で絞られているからなのか、有理の時も基礎学力のチェック程度の内容だった。一方で面接はユニークで、在校生との集団面接、教師との一対一の面接、そして理事長代行との面接と、計三回もあった。父の哲臣などは、就職活動みたいだなどと妙な感想を漏らしていた。
 新入生挨拶の役は何を基準に選んでいるのか、有理自身には今一つ思い当たるものが無かったが、いずれにせよ有為を押さえてその座についた相手がいるということだ。

 今年の新入生は、結構手強いっていうことか。
 有理は、数日前に学園の道場で会った優しげな少年を思い浮かべた。
 あの子かな。いや、ちょっとインパクト弱いかな。
 そこまで考えて、有理は今日三度目の台詞を口にした。

「有為、先行くわよ!」

   * * * * * * * *

 午前八時二十分――

 杉山想平は、十数年間そうしてもらっていたように、母親の運転する車の後部座席から抱きかかえられると、脇に置いた車椅子へと腰を下ろした。見送る母親に軽く頷くと、眼鏡を指で押し上げ、参宮学園の校門へと車椅子の車輪を回す。

 杉山は、四つ離れた兄の恭平から学園の伝統を聞き、全国有数の進学校を蹴って参宮学園を選んだ。周囲はどう思ったか知らないが、兄弟にとっては当然の決断だった。
「想平、参宮学園は最高だぞ」
 恭平の言葉に、自分は何度目を輝かせたことだろう。

 校舎へ続く並木道は、どこか初々しい紺色のブレザー姿の同級生達で溢れている。自分のことを棚にあげるのも何だが、結び慣れないストライプのネクタイが微笑ましい。まだ名も知らぬ友人達がその一瞬、堪らなくいとおしい存在に感じられ、杉山はそんな自分に苦笑した。

(これじゃあ入学前から年寄りだよ)

 杉山の中学から一緒に進学した者はいない。そもそも参宮学園の生徒たちは、県外からも多く集まって来ている。同級生には杉山が知っている者も、また杉山のことを知る者も僅かだろう。
 杉山はそこまで分析したところで、今度ははっきりと声に出した。
「うん。今のところライバルは見当たらないな」

 車椅子の同級生にまだ馴染めぬ者達が自分を盗み見るのを全く気にせず、杉山は胸を張って講堂へと向かった。

   * * * * * * * *

 午前九時――

 講堂で二年生の席に座った楠ノ瀬麻紀の耳に飛び込んできたのは、瓜谷悠が、ステージに並んだメンバーに合図を出す声だった。
「ワン・ツー・スリー、ゴー!」
 ドラムスティックを高らかに打ち鳴らす音と、続いて講堂中に鳴り渡るアニソン・ヒットメドレー。
 一列に入ってきた新入生達は、堪え切れないように一人、また一人と吹き出していく。

「――いくつも愛を持っているのねぇえ」
 ステージでは瓜谷が日焼けした整った顔を大袈裟に歪め、両腕で自分の肩を抱いている。
 楠ノ瀬は、相変わらずの瓜谷の姿に笑い声を上げた。

 よーし、決めた。やっぱり最高の相手を狙わなきゃ。
 綺麗なピンク色に塗られた唇が半月に開く。

 楠ノ瀬は、冊子に書いた自己紹介の文句を口に出してみた。
 身も心も捧げます――
 二度、三度、口の中で転がしながら頷く。

(頑張って、瓜谷先輩を掴まえなくっちゃ)

 気付くと、いつのまにか新入生も全て入場し終えている。
「それでは、只今から入学式を始めます。在校生起立」
 マイク越しの瓜谷の声に、楠ノ瀬は立ち上がった。


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