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第一話 君はこれをどう思ったかい (月の裏で会いましょう1)

2009年02月26日 00:37

 その日は朝から雪が降っていた。

 入学式まで一週間足らず。午前中に幾つもの打ち合わせを終えた宇田川隆介が職員室に戻ると間もなく、黒いダウンジャケットを脇に抱えた少年が辺りを見回しながら入ってきた。ぼさぼさの髪の毛の下、優しげな瞳が宇田川を探している。
 宇田川は冷めかけたコーヒーを一口啜ると、少年に向かって軽く手を上げて合図をした。

「藤原徹君だね。私が宇田川だよ」
 少年は、宜しくお願いします――そう言って頭を下げると宇田川の机の前の丸椅子に腰掛けた。細身の体つきだが、体幹を中心にしなやかな筋肉がついていることが身のこなしから見て取れた。

(鳴神菖蒲の後に送り込まれただけあるか)

 宇田川は一人納得すると、机の中から茶封筒に入った書類を取り出し、おもむろに説明を始めた。
 受け答えの端々から、藤原徹には聡明さも兼ね備わっていることが見て取れた。宇田川は説明の最後に、相手の反応を試すかのように質問を投げ掛けてみることにした。

「この学園は、入学や転入に当たって卒業生の推薦状が必要なことは知っていると思うが、君はこれをどう思ったかい」
 仮に批判的な見解を口にするならば、何故転入してきたのかと問い、もし肯定的に追従するなら、その安易さを指摘するつもりであった。

 ――高校生といえば、多様な価値観が存在する社会に出て行くための、いわば人格形成期だ。そんな時期に、知り合いしか入れないなどという同族集団に身を置く問題点を、君はどう考えるんだい?
 藤原徹の答え次第では、そう反論してやるつもりであった。

(まあ、目的無しに来る場所ではない、ということだな)
 内心皮肉っぽく考えながらも、宇田川は柔和な微笑を絶やさずに、少年の答えを待った。
 だが、返って来たのは予想外の答えであった。

「その前にですが、卒業や退学に当たっては卒業生の了解が必要ありますか」
 虚を突かれた宇田川が思わず聞き返すと、藤原徹は慌てたように言葉を重ねた。
「すみません。質問を質問で返すつもりはなかったんです。ただ……」

 藤原徹は、困った顔で、ぼさぼさの髪の毛を右手の指で軽くつまんでいたが、宇田川の促すような視線に口を開いた。
「先生方が、どのくらい責任を学園の卒業生に転嫁するつもりなのかと思って」

「責任を転嫁――」
 宇田川は、目の前の少年の言葉を繰り返した。藤原徹はなおも困った表情を浮かべていたが、それは難問に窮するというよりも、自分の考えをどの程度直截的に伝えるか悩んでいる様子であった。不意に宇田川は自分が発した質問の愚かしさに気付き、恥じた。

「失礼した。君は我々教師陣が、当学園に相応しいと認めた人材だ。誤解を生むような表現があったなら、訂正しよう」
 少年は耳を赤くしたが、宇田川はもはやその表情に騙されることは無かった。

(なるほど。自分について一言も語ることなくその価値を示して見せるとは、思った以上に聡明な少年だ)

 宇田川は、今度こそ腹の底から笑みを浮かべた。
 この少年が十五年前にいたら、彼女は果たして自分とどちらを選んだろうか。
(ねえ、隆介。私と貴方が組めば、出来ないことなど何も無いと思わない?)
 もう一度、青い瞳の少女の姿が目に浮かんだ。

「先生、宇田川先生?」
 藤原徹の呼びかけに宇田川は我に返ると、不思議そうな少年の表情に気付いて軽く顎を掻いた。

 職員室の窓から舞い散る雪はいつしか小降りになり、雲の切れ間からは薄日が差し込んでいた。


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