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戦えるわけがない (夢見の宝玉7)

2009年02月07日 01:52

「あやちゃん、やめろ!」
 徹が絶叫するのと、リタが躊躇いもなくカードを投じるのが同時だった。
 二枚のカードが吸い込まれるように菖蒲の顔へと迫る。だが菖蒲は宇田川の首から手を離すと、顔の前で手を左右に振った。それだけで二枚のカードが四枚の紙片に変じて足元に落ちる。
 いつ出したのか、菖蒲の手には扇が握られていた。

 長い黒髪は妖しく乱れ、灰色のダブルのコートには赤黒い染みが点々と飛び散っている。足元では宇田川がぐったりと気を失って倒れている。
 悪夢としか言いようのない光景であった。

「どうして……」
 相手が凶獣であれば、手足が折られようとも這って闘い続けるつもりだった。小便を漏らしながらでも殴り続けるつもりだった。だが、菖蒲に振うべき拳は持っていなかった。

「お前、凶獣に喰われたか」
 問い掛けるリタの声には憐れむ響きがあった。返事の代わりに菖蒲の濡れた唇が、顎の骨でも抜かれたかのようにどこまでも伸びていく。
 その中に何かが覗いた気がした。

 有り得ない。これは何かの間違いだ。
 必死に言い聞かせる徹を嘲笑うように、菖蒲が足元に転がっていたランタンを拾い上げると腕の高さまで持ち上げる。目を凝らした徹の喉が奇妙な音を立てた。

 照らされた菖蒲の口の中に覗いたものは、嘗ての徹の同級生、高宮武の顔であった。

 菖蒲と高宮の上下二対の眼が徹にそれぞれ焦点を合わせる。
「どうしたあ、藤原ぁ」
 その声を聞いた瞬間だった。
「凶獣よ、地獄へ戻れ!」
 リタが両腕を大きく前方に振り出す。炎を纏った六枚のカードが菖蒲と高宮目掛けて飛翔した。

 ごぐおうおううるう。
 菖蒲の口の中の高宮が吠えた。
 操り人形のように不自然な動きで菖蒲の右足が二度跳ね上がるや否や、四枚のカードが弾き飛ばされる。残る二枚が菖蒲の手にした扇で真っ二つに裂かれて落ちる。カードは地面に落ちると、音を立てて瞬時に燃え尽きた。

「二人ともやめてくれ」
 徹は絶叫した。どこまでが現実でどこからが幻覚か判らないまま、リタに、そして菖蒲に懇願する。
「徹、お前の姉弟子は憑依されている」
 既にリタは指の間に次のカードを挟んでおり、胸の前で両腕を交差させていた。ターコイズ・ブルーの瞳には、徹が見たことがない冷徹な光を宿している。

 咄嗟に徹はリタの正面に立ち塞がり必死の形相で両手を広げた。何か言おうとしたその瞬間、耳元に吹きかけられた息と、続く強烈な異臭に徹の首筋が粟立つ。
 振り向くと目と鼻の距離に黒髪の女が立っていた。

「徹、危ない!」「ど、どうやってこの距離を」
 リタと徹の声が重なる。
 徹は飛び退りながら唖然とし、そして思い出した。

 相手は鳴神の師範代だった。

 自分が帯と扇しか扱えないのに対し、最も難度の高い鈴までも自在に使いこなす宗家鳴神。しかも、幼いころから姉以上に自分を可愛がってくれた人――
 く、くくく、くく、くくくく。
 女の声には狂気が混じっている。

(駄目だ、勝てるわけが……いや戦えるわけがない)
 力が一気に抜けて両膝から地面に付く。
(僕はどうしたら――あやちゃんは凶獣に――勝てない――まさかこんな)

 絶望に身体が蝕まれていく。強烈な吐き気がせり上がって来る。
 徹が敗北の言葉を口にしかけたその時だった。

「地震・雷・火事・親父……怖いもんは何もないっと」
 校舎の方角からどこか能天気な歌声が聞こえてきた。それに呼応するかのように、林に響き渡っていた狂気に満ちた笑い声がぴたりと止む。

 落ち着いた足取りで、茶色のムートンジャケットを着た男が闇の中から姿を見せる。まさか、あり得ない――徹が何度も目を擦るうちに、男は見間違えようのない距離まで近付いてきた。

 瓜谷悠だった。

 瓜谷は何の気負いもなく飄々と歩み寄ると、徹の頭をいきなり殴った。
「なっ……?」
 後ろで赤い髪の少女が思わず声を上げる。
「ったく、いつも世話が焼けるぜこの男は」
 瓜谷は男にしては長い髪を掻き上げると鼻筋の通った顔を顰めて見せた。その均整のとれた体駆は、生命感に満ち溢れている。
「う、瓜谷さん!」

 瓜谷は、異界の獣臭を吹き飛ばす一陣の烈風であった。ジーンズを穿いた長い脚で今度は徹の尻を蹴とばしてくる。
 何が起こったのか、何故瓜谷がここにいるのか。呆然とする徹を前に瓜谷はくしゃりと笑って見せた。
「何驚いてるんだ。俺は一昨年、去年と宝玉の管理者だぜ。このぐらい当然だろ」

 それに――
 
 瓜谷が皮肉っぽく口の端を吊り上げる。
 続く言葉とともに、雲に隠れていた満月が姿を現わす。

「俺も鳴神だ」


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