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ずるいのは自分だ (プリムラ10)

2009年01月22日 23:44

 それから六時間後、荻原有理は部屋に差し込む朝日に目を覚ました。
 
 午前六時四十分。隣のベッドでは有為が穏やかな寝息を立てている。
 夜更け過ぎに眠ってしまったが、静かな朝を迎えたということは特に心配するようなことは起きなかったのだろう。無事に春分の夜を乗り切ったことに、じわり嬉しさが擡げてくる。妹の肩に毛布をかけるとガウンを羽織った。
 欠伸をかみ殺して部屋の外へと向かいながら、有理は昨夜の会話を思い出していた。

「徹君は宝玉に何をお願いすることにしたの?」
「う……ん。秘密、かな」
 徹は夕食後、有理たちが持ってきたケーキを食べながら、どこか困ったような笑顔を浮かべていた。
「もしかして、あたしに関係あっちゃったりする?」
 楠ノ瀬麻紀の言葉に徹はいつもの口癖で問い返した後、半ば呆れ半ば申し訳なさそうに否定した。
「あれえ、おかしいなあ」
 不思議がってみせる楠ノ瀬麻紀に、その場は笑いに包まれて和やかになった。

 あの時、自分が顔を赤くしていたことに誰か気付いたろうか。
 そう、楠ノ瀬麻紀の台詞は、自分自身が心の片隅で期待していたことだったのだ。

 彼は夏休みの終わりに告白してきた。

 正直に言えば自分は告白されることに慣れていたし、彼からもそんな気配は漂っていた。感じが悪い言い方だと判っているが、こういうことは経験がものをいう。
 自分は結局その場で返事をしなかった。
 そのうち、いつの間にか関係も元に戻ってしまったし彼も吹っ切れてしまったようだ。
 けれども、自分はそれを悔いている。
 
 自分はあの時、彼がずるいと言った。
 だが今になって思う。ずるいのは自分だ。

 意識し出したのは体育祭だったろうか。あの時彼は、明らかに自分以外の何かを背負っていた。
 それとも、楠ノ瀬麻紀のシュガークラフトを見に行った時だろうか。何故あの時、自分は「賭けをしよう」などと言ったのか自分でもわからない。きっと、無意識に彼の心を揺さぶりたかったのだ。

 最近彼は、リタとの距離が近くなった。
 
 当然だ。彼らは連なのだから。でも頭では納得しても心では納得できていない。
 リタはとても一途だ。有為は、リタが彼を利用していると怒ったことがあるがそれは違う。リタは彼を心から信じているだけだ。そしてその思いがあれば、いくら鈍感な彼とはいえ伝わらないわけがないと思う。
 
 彼がリタの為に祈ることは判っていた。なのに自分は愚かにも何かを期待していたのだ。
 ずるいのは、今日を指折り数えて待っていた自分の方だ。
 春分が過ぎれば彼らの連も事実上終わりだから、と―― 

「誰かいないのか。セシルはどこだ!」
 朝靄を切り裂く少女の激しい声に、有理は一気に現実へと引き戻された。急いで上階のリタたちの寝室へと向かう。階段の登り口でセシルと出会うとそのまま二人で階段を駆け上がる。果たしてリタたちの寝室の外には、毛布で胸を覆った赤い髪の少女の姿があった。

(リタちゃん?)

 それは確かにリタだったが、瞳の色が異なる気がした。
「リタ様、どうしました!」
 問いかけるセシルは慌てているようでその実、諦めに似た翳が差している。有理の違和感はさらに強まった。

「リタちゃんどうしたの、徹君は?」
 赤い髪の少女は有理を完全に黙殺した。
「セシル、部屋に見知らぬ東洋人が潜り込んでいる。すぐに警察を呼べ」
 弾かれたように有理が部屋の中に飛び込む。リタの寝ていたと思われるベッドでは徹が規則正しい寝息を立てていた。有理は急いでその肩を揺さぶる。

「徹君、起きて。リタちゃんがおかしくなっちゃったの」
 だが徹は優しげな表情のままで起きようとしない。糸の切れた操り人形のようにぐらぐらと揺れるだけである。何か異変が起きたのは明らかだった。
 有理は世界が音を立てて崩れていくのを感じた。

「徹君、徹君」
 有理は必死に呼びかける。
 こんなはずではなかった。
 自分と徹との賭けはこんな形で終わるはずではなかった。
「ねえ、起きてよ徹君」
(お願い、これは夢でしょ?)
「ねえ、徹君ってば!」

 セシルが黙って有理を隣室へと誘った。
 三月二十一日の朝のことであった。

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