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でも届かないんだよな (プリムラ4)

2009年01月11日 00:11

 放課後、徹は自分を呼ぶ声に振り返った。
 教室には荻原有理と、いつ来たのか有為も立っている。後ろには楠ノ瀬麻紀と桐嶋和人、そして杉山想平までいた。
「何だい、みんな揃って」
「あんたこそ毎晩リタの家で何やってんのよ」
 有為は肩を怒らせ両足を開いて立っていた。形のよい眉が釣り上がっている。
 だが、毎晩澱んだ悪夢に悩まされている徹にとっては、少女の怒りは清冽なものに感じられた。

「どうしてそんなこと知っているのさ」
 驚く徹に、楠ノ瀬があきれた様子で額に指を当てた。
「……徹ちゃん、毎日同伴出勤して今更の反応だと思うけど」
 徹が口を開きかけると、それを制するように有為が噛み付く。
「学園中の噂なんだから」
「じ、事情があることくらいわかってる。でも、ど、どうしてそんなに衰弱するんだよ」
 桐嶋が垂れ下がった太い眉を寄せる。

「あんた、まさか……」
 不潔なものを見る有為の目つきに、徹は慌てて全身で否定した。
「ま、まさかって、な、何がだよ」
「うるさい。誤魔化さないで答えなさいよ」
 栗色の髪の少女は既に戦闘態勢に入ってしまっている。自分たちが周囲の注目を集めていることなどお構いなしだった。なだめるように楠ノ瀬が有為のブレザーの肩に手を置いた。

「有為ちゃんは走りすぎ。でも、徹ちゃんも勘違いしてない? これは学園のイベントに過ぎないんだから」
 軽くウェーブの掛かった茶色い髪の下、いつもならば小悪魔の表情を浮かべるはずの顔は真剣だった。
 こんな楠ノ瀬は初めてだった。
「事情は想像つかなくはないけど、命なんて懸けちゃ駄目だよ」
「楠ノ瀬……」

 楠ノ瀬は、その呼び方を訂正することなく続けた。
「宝玉がどれほど大事か知らないけど、そんなの無くても世界は変わらない。でも徹ちゃんに何かあったら、ここにいるみんなの世界は変わっちゃうんだよ」
 徹を除く全員が頷く。
「でも」
 徹は反射的に言葉を挟んだ。それを聞いた有為が再び徹を遮ろうとしたが、

「有為、黙って」
 それまでじっと聞いていた有理が妹を一喝した。有為が気圧されて押し黙る。
「徹君、あたしたち徹君を信じていいんでしょ」
 喧嘩腰の妹とは対照的に有理の瞳は涼やかだった。頷いた徹に、満足げに大きな瞳を細める。見る者が手を伸ばしたくなる艶やかな黒髪からは、金木犀に似た匂いがした。
「やるからには悔いが残らないようにね」

 徹は衝撃を受けた。
 リタの台詞と一緒だ――
(徹、お互い悔いの無い一年を過ごそう)
 単なる偶然とは片付けられなかった。さらりと放たれた一言だったが、紛れもなく強い信頼の証だった。
 
 徹の衝撃をよそに、有理は用事が済んだとばかりに晴れ晴れとした表情で赤いスポーツバッグを抱え、教室を出て行った。
 残された者たちはしばらくお互い顔を見合わせていたが、
「ま、有理ちゃんにああ言われたらしょうがないか。行こう」
 そう言って楠ノ瀬が、頷く杉山の車椅子を押して去っていく。

 勢いを削がれた格好の有為と桐嶋は、何とも収まりがつかないようであったが、
「馬鹿!」
 捨て台詞と共に有為も走って行く。制服の赤いチェック柄のスカートが勢いよく翻った。
 一人残された桐嶋は何か言いたげにしていたが、
「ふ、藤原、たまには一緒に帰るか」
 諦めた口調で足元のカバンを抱えた。

   * * * * * * * *
   
 春分の二日前、杉山想平は頭を抱えて唸りながら自宅で机に向かっていた。
 参宮学園に入学して約一年、調べた限り今年の春分の夜に何かが起こるのは間違いなかった。しかもそれは危険な「何か」だった。
 先日見た徹の姿が脳裏に蘇る。その頬はこけ、憔悴しきっていた。自分が答えを見つけないと徹の命にかかわる気さえした。

「ああ、糞っ」
 背もたれに思い切り体重を預けると、両手で伸びをする。机の上に飾った写真立てに視線を移すと、そこには体育祭の後で有理と自分が笑う姿があった。 

(……それにしても、有理さんは凄いな)
 杉山は感想とも愚痴ともつかぬ独り言を漏らした。
 あの状態の徹を見たら普通は止めるだろう。実際、有為は切れかけていた。だが有理は違った。
 杉山は有理の覚悟を決めた微笑を思い出し、そして心の片隅が小さく疼いた。

 もうすぐ有理と組んだ連も終わる。

 美人でスポーツ万能、しかも裏表ない性格。非の打ちどころのない少女であることは、誰もが同意するところだった。
(でも、一番可愛いところはそこじゃないんだよな)
 ふとした拍子に現れる、茶目っけたっぷりの仕草。
(杉山君はロマンチックな場所だって言うけど、ここは女の人の幽霊が出るって有名なんだよ)
 含み笑いとともに――自分では気付いていないだろうが――腰の後ろで手を組んで相手の顔を覗き込む癖。流れ落ちる艶やかな黒髪。

「手が届きそうで、でも届かないんだよな」
 無意識に声に出してしまったことに気づき、急いで杉山は頭を振った。
 今は宝玉に集中すべき時だ、有理さんのことなんかを考える時間じゃない。
 再び杉山は頭を整理するために、書き散らしていたノートに向かおうとして――

(……女の幽霊だと?)
 杉山は天啓に打たれたかのように絶句し、
 そして有理に感謝した。
 後はやるべきことは明らかだった。杉山は震える手で電話をかける。相手はワン・コールで直ぐに出た。
「お願いします、藤原先輩の親友と見込んでの頼みなんです」

 相手の返事は、訊く前からわかっていた。


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