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誓うよ (プリムラ2)

2009年01月07日 01:29

 その夜、徹はリタの家に泊まった。
 セシルの作った夕食に舌鼓を打ち、リタとカードに興じたが、夜が更けるにつれ二人とも口数が少なくなった。
「夢見の宝玉――」
 リタが低い声で話し始める。
「我が故郷にもその伝説が伝わるネフライトの球体。持ち主に力と幸運をもたらすパワー・ストーンであり、中でも参宮学園に伝わる宝玉は第一級の魔石だ」

 徹はソファーに並んでもたれながら、英語交じりの話に耳を傾ける。床暖房が効いた室内は外の寒さを全く感じさせず、曇った高窓の内側についた水滴だけが季節を思い出させる。部屋の隅では加湿器が微かな音を立てていた。

「我が家系はドルイドとして歴史に名を刻んだ一族の末裔。だが、代々男が短命で、子を残すまでに長じることは無かった」
 リタは不意に話題を変えた。瓜谷の話にも似て前後の脈絡が無いが、リタのこうした話し方には馴れている。一つ一つの意味を問うことなく徹は説明の続きを待った。

「私も母も、人と異なる能力を持って生を受けた。母には人に見えぬものが見え、徹も知っているとおり私は触れることでその在り様を知る。だが一族の能力の代償なのか、母の叔父は十六歳でその生涯を終え、母の兄も二十歳までの命だったという」
 外は風が強いのか、堅牢な造りの洋館にもかかわらず老婆が咽び泣くような音が時折聞こえてくる。

「母は参宮に夢見の宝玉があることを知り、宝玉に願うことで自分の兄を救えないかと考えた」
 リタはそこで手元の紅茶を口にした。現実感の無い話が、一年近く共に過ごした少女から語られている。
 徹は、宇田川の疲れたような声を思い出した。
(今でも、夢を見るんだ)
 リタは喉を潤すと言葉を続けた。

「結論を先に言えば、母をしても叶わぬ望みだった。母達が見たのはどちらも銀髪の女の夢だったが、それだけでは不十分らしかった」
 少女は言葉を紡ぎながら目を薄く閉じている。
「……私には二つ下の弟のエドワードがいる。数か月前に倒れて意識を失ったままだ」

 徹は、十一月に楠ノ瀬のシュガークラフトを見に行った時のことを思い出した。あの時リタは急遽帰国していた。当時リタは多くを語らなかったが、よほどのことがあったのだろうと薄々察してはいた。

「今年は春分と満月が重なる、真の年。何が起こるか私にも母にも想像は出来ないが、宝玉の能力が最も高まることは疑いようの無い事実。だから――」
 口調こそ平静を装っていたが、膝の上の両手は強く握りしめられていた。呑み込んだ言葉に込められた思いが痛いほど伝わってくる。

 弟が昏睡状態であることなど聞く必要は無かった。
 声を掛けられた時から判っていたのだ。この誇り高き少女がどれほどの覚悟で日本に来たのかを。
 徹は、リタに連の申し込みを受けた日のことを思い出し――お互い悔いの無い一年を過ごそう――その言葉の重みを噛み締める。
 あの時強く惹かれたのは、自分の心がリタの覚悟に共鳴したのだ。自分を必要としてくれる者に巡り合って歓喜したのだ。

 徹は、なおも話を続けようとするリタを遮った。
「僕らは連だ。だから――」
 徹は短く告げた。
「誓うよ。全力を尽くそう」

   * * * * * * * *
 
 徹は、春分の夜までリタの家に泊り込むことになった。
 共に宝玉と相対する以上、同じ部屋で寝泊まりすべきだ――リタの提案は相変わらずシンプルであった。両親にどう説明すべきか悩んだが、姉の望が「あたしが適当に説明しとくから」と言って実際それで済んでしまった。これまで優等生だったからな――徹は何とも複雑な気分を抱いた。 

 翌日には客間からリタの寝室にもう一つベッドを運び込んだ。本棚とクロゼットそして木の机と椅子。少女の居室としては殺風景な部類であったが、カーテンだけが野薔薇の模様をあしらった柄で部屋の主の好みを感じさせた。
 
(こんな子が宝玉と対峙できるのだろうか)
 それにしても徹は心配でならなかった。リタがただの少女でないことは十分承知しているが、その姿は嵐に立ち向かう、か細い若木に思えた。
 ベッドに腰掛けたリタは先程から深呼吸を繰り返している。呼吸に合わせてその薄い胸が上下していた。
(私は、触れることでその在り様を知る)
 徹はリタから聞いた言葉を思い出す。

「……今から宝玉に触れるぞ」
 リタの言葉に、徹は目の前に出された右手を取った。宝玉が本当に強い力を持つ魔石であれば自分を媒介として徹にも実感出来るはずだ。それが事前のリタの説明だった。 
リタは息を止めて、空いている左手で宝玉に触れ――

「っつふあっああああ」
 歯を食いしばる少女の唇から高い喘ぎ声が漏れ、全身が感電したかのようにびくりと跳ねる。徹と繋いだ右手が思い切り握り締められる。少女のものとは思えない力に顔を顰めた直後、徹の全身に衝撃波の奔流が襲った。

 肉体的な痛みすら伴う圧倒的な力だった。
徹の腕が総毛立つ。毛細血管から大動脈を通って心臓へ波動が逆流し、直後にその波が身体から消え去っていく。
 リタはといえば首筋が粟立ち、両肩で大きく息をしていた。

「……確かに感じた。確かにこの宝玉には何かがある」
 赤い髪の少女は歯の根が合わないほど震えていた。
 これが宝玉か、これが夢見の宝玉か――独り言を繰り返す。広い額に玉の汗が浮き出ている。 
 宝玉の中に人知を超えた力が存在することは疑いようがなかった。同時に徹は、それが清浄な力ではないことを直感的に感じた。
 果たして春分の夜に何が起こるのか。胸に不安が過る。

「それでは休むとするか」
 リタの口調にも、どこか翳りが感じられた。


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