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序章 運命の輪/ 我が刹那たる命を捧ぐ (運命の輪0)

2008年09月20日 01:04

 木蘭は低く詠唱しながら、宝玉を天蓋の額に近づけていた。

 季節は春、彼岸の中日。
 乳飲み子の頭ほどの大きさの球形の石が、生気の無い天蓋の顔を青白く照らす。むせ返るような血の匂いが、木蘭の見事な銀髪を嬲った。

 父なる無限よ
 母なる永劫よ

「木蘭……もはや宝玉は空だ」 
 天蓋が口を開き、ごぼっと音を立てて赤黒い塊が流れ落ちる。
「死ぬな。天蓋、死んではならぬ」

 我が刹那たる命を捧ぐ
 汝が器を用い

「もういい。ただ己のことを覚えていてくれ」 
 天蓋が、全てを悟りきった表情で微笑む。
 雲から満月が顔を見せ、月影が銀髪の少女と瀕死の男を照らす。
「死ぬな。許さぬぞ」
 天蓋を抱きかかえ、木蘭は祈り続ける。自らも失血で意識が朦朧とする中、全身全霊で祈る。
 
 この男の命を救いたまえ

 天蓋の双眸から急速に光が失われていく。ひび割れた唇が、もう一度だけ動いた。
「木蘭、己のことを覚えていてくれ」
「天蓋、逝くな。死んではなら――」
 
 木蘭の意識は、そこで暗転した。
 
 どこからか野犬の遠吠えが、風に乗って聞こえた。
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魔障を切り放ち給え (運命の輪1)

2008年09月20日 23:55

 その日は朝から雪が舞っていた。

「あと一週間もしないうちに新学期なのにな」
 藤原徹は呟きながら、ハイカットのスニーカーに足を通した。黒いダウンジャケットの襟元に深緑色のマフラーをしまい込む。ぼさぼさの髪を手で強引に整えると、気持ちを奮い立たせるように一気に立ち上がって玄関を出る。

 新しい家から参宮学園高校までは四駅。十三夜駅で電車を降りると、地図を片手に握りしめて歩き始めた。この季節は、雪が降っても決して寒くない。
「春日医院の角を右に曲がって、コンビニの前の横断歩道を左へ――」
 左手でくしゃくしゃの地図を眺めながら学園につく頃には、徹の背中にうっすらと汗が滲んだ。徹が何の特徴もない古びた校門を通り抜けようとした、その時だった。

(魔障・を・切り放ち・給え)
 ぞわり、全身の産毛が一瞬に逆立った。膝下から首筋まで皮膚が粟立つ。
  咄嗟に後ずさった徹は、泥混じりの雪に足元を取られ、強かに尻を打った。痛いと思うより先に、素早く徹は立ち上がり、左右に素早く目を配る。が――

 何もなかった。
 誰もいなかった。

 耳元で囁かれた声の主はどこにもおらず、男だったか女だったかさえも既に思い出せなくなっていた。痛みだけが、ただ残っている。こんな経験は初めてだった。徹は、前方に長く延びる並木道をしばらく眺めていたが、その後は何の異変も起こる気配がない。

 在校生が数名近づいて来るのを見て、徹は気を取り直して職員室に向かった。

   * * * * * * * *

「これで転入手続きはすべて終了だよ、藤原君」
 柔和な笑みを目の奥に湛えた宇田川隆介の言葉に、立っていた徹はふと我に返る。どうやら暖房のきいた職員室で、ぼおっとしてしまったらしい。
 宇田川は自席に座ったまま徹を見上げ、徹を安心させるかのように頷いた。

 年の頃は三十歳前後だろうか。中肉中背の身体を品のいいスーツで包んでいる。
 休み中もスーツで出勤なんて教師の仕事も楽じゃないな。そう思いながら視線を移すと、磨き込まれた茶色い革靴と、同系色の腕時計のバンドが目に入った。 
 机の上には、印刷したばかりのプリントの束が無造作に置かれていた。横のマグカップにはコーヒーが注がれており、その香りが鼻腔をくすぐる。

「新学期は来週の月曜からだ。僕も数学を担当するから、授業で会えると思う。前の学校でトップクラスと聞く実力を、存分に発揮してくれたまえ」
 宇田川の穏やかな声を聞きながら、徹は曖昧に首を振った。
 こんなとき姉のように、畏れ入りますとでも言えると大人なんだろうか。

「もう一つ。新学期が始まると、さっそく「連」を作ってもらうことになる。他の二年生に比べてハンディがあるかもしれないが、あまり気にしないように」
 今度は、自分でも何と言うべきかわからない。仕方が無いですよ、だろうか。

「折角だから、校内を色々見ていくといい」
 宇田川は笑みを湛えたまま徹の顔を眺めていたが、そのうちに、どこか遠い目になった。

「……宇田川先生?」
 宇田川は不思議そうな徹の表情に気付くと、申し訳なさそうに顎を掻く。
「済まない。少し前のことを思い出してね。職業柄、この季節はどうもいけない」
 宇田川が照れ隠しのように冷めかけたコーヒーを啜ると、ワイシャツの袖から高級感のある機械式の腕時計が覗いた。
「昔の人も、さまざまのこと思い出す桜かな――と詠んだくらいだから、日本人なら誰でもかもしれないが」

「あら。宇田川先生、芭蕉ですか」
 横から中年の女教師が、嬉しそうに声を掛けてくる。
 徹は軽く会釈をして、職員室を出た。

あたしは結構競争率高いと思うよ (運命の輪2)

2008年09月24日 00:26

 参宮学園の大きな特徴は、「連」の存在である。
 生徒達は、四月のうちに相手を見つけて連を組む。条件は三点。自分と違う学年から選ぶこと、相手は一人であること、そして異性を選ぶことである。即ち、連とは年齢の異なる男女のペアに他ならない。
 
(そして、全校百八十組の中で最も優れた連が毎年一組選ばれる――か)
 徹は、先ほどの説明を反芻する。ちょっと変わった学校、それが正直な感想だった。

 徹は校舎の外に出ると、校庭の右奥にある柔道場へと足を向けた。先ほどまで練習があったのか、電気がついている。徹は辺りに誰もいないことを確認すると、ダウンジャケットと靴下を脱いで中央まで歩んだ。
 
 目を軽く閉じる。
 暫く深呼吸をした後、目を瞑ったままで、徹は鳴神流の一段を舞い始めた。自分の身体が、周囲と緩やかに溶け合っていくのを実感する。校門での先ほどの不快な感触を洗い流すように、丁寧に、無心に舞い続けた。

 どれほど経ったろうか。

「いいね、それ」
 徹は突然の声に身を硬くした。目を開けると、柔道場の入口に涼しげな瞳の少女が立っていた。
 髪は肩口で切り揃えた艶やかな黒髪。白いシャツの胸元には灰色と臙脂色のストライプのリボン・タイが覗く。制服のスカートからのぞいた脚は軽く左右に開かれ、しなやかに長い。

「新入生? 感心感心。もしかして武道やってた?」
 先輩――いや同級生かも。とにかく綺麗な子だ。
「あたし、荻原有理。合気道部の今度二年生。で、武道やってたの?」
 少女は初対面の徹に屈託なく話しかけると、軽やかな足取りで近づいてくる。

「日本舞踊を少し。えっと、勝手に入ってごめん」
 徹は口ごもりながら答えた。彼女の対人距離感覚は、自分とは相当異なるようだった。一方踏み出せば黒髪に触れることができるその距離に、徹の鼓動は一気に激しくなる。
 荻原有理と名乗った少女は、軽く右手を上げた。

「別にいいって。入学前から道場を覗きにくるなんて、いい心掛け。でも先輩には『ごめん』じゃなくて、『すみません』だよね」
「いや、えっと――」
 有理は右手を軽く頬にあて、可笑しそうな表情を浮かべた。少し切れ長の大きな瞳が、聡明さを示すかのように絶え間なく動く。
「君、名前は」

「藤原徹……です」
 同学年であることは分かったが、また何か言われそうな気がしてつい丁寧語になった。
「藤原徹君か。合気道部はいつでも君を待ってるからね」
 そのまま、少しだけ顔を近づける。黒髪から微かな香りが漂う。

 勧誘用の笑みと判っていても、その破壊力は十分だった。有理はその威力を知ってか知らずか、軽く首を傾げると、駄目押しの一撃を放った。
「あと、連に誘ってくれてもいいけど、あたしは結構競争率高いと思うよ」

 呆けた表情でだらしなく立ちつくす徹の前で、有理は再び右手を上げて指だけ軽く前後に動かす。
「じゃ、またね」
 徹の反応を待つことなく、道場の入口に置いた赤いスポーツバッグを抱えると、外に出て行く。
 ふわり、黒髪がなびく残像が徹の目に焼きついた。

(年下に間違われたのか)
 とはいえ、昔から年より一つ二つ幼くみられることも多かった徹である、状況を考えると、誤解した有理を不満に思う気持ちはない。むしろ、同じクラスになる可能性を想像して知らずに頬が緩んだ。
 オギワラユリ、オギワラユリ――忘れないように、今聞いたばかりの名前を繰り返す。

 有理との出会いの前では、今日の出来事が全て彼方に霞むかのように感じられた。

雪と茶色い子猫と――高校生か (運命の輪3)

2008年09月26日 00:07

 道場を出ると、いつしか雪は止んでいた。裏手の鬱蒼とした林にも木漏れ日が差し込んでいる。
(さて、帰るか――)
 伸びをした徹の耳に、悲しげな鳴き声が届いた。声をした方を見上げると、薄茶色の塊が目に入る。
 
 子猫であった。
 
 恐らくは生後数か月も経たない子猫が、山桜の老木に登っていた。子猫が自力で登るにしては少々高い。根元に建っている古びた石碑から、駆け上ったのか。通り過ぎようとすると、子猫が再び悲しげに鳴いた。
 
 確かに高い。徹は辺りを見渡したが、足場になるものは石碑以外になかった。子猫が飛び移れればいいのだが、急に高さに気付いたのか、進むも退くもままならなくなったらしい。
 
 雪と茶色い子猫と――高校生か。
 映画の題名のようだと思いながら、徹は石柱に近づいてみた。供物こそ捧げられていないものの、古びた墓石のようである。どちらかと言えば痩せ型の徹ではあるが、登れるかどうかとは別の問題として、墓石に足をかけるのは躊躇われる。

(これしかないか)
 徹は、首に巻いていた緑のマフラーを外した。リュックを地面に下ろすと左手にマフラーを持ち、ゆっくり全身でリズムを刻み始めた。
 
 ざん、ざん、ざん。
 ざざん、ざざん、ざざん、ざざん
 
 一挙動を分割し、その半挙動をまた分割する。分割を繰り返して小さな波の束となったところで、体を滑るように動かす。ベタ足のまま背筋を伸ばし、両足で緩やかに円を描く。独特の呼吸法と共に、垂らしたマフラーに己の意思を流し込む。
 息を鋭く吐き出したその瞬間、振り出したマフラーは一本の棒に姿を変えた。
 
 ホースに勢いよく水を通した。感覚的にはそう表現するのが近いだろう。武道の心得のある者であれば、気を通したと説明するのが一番容易いかもしれない。
 徹は深緑色の棒と化したマフラーを、子猫のいる枝先へと差し出した。

 が、子猫は動かなかい。

「大丈夫だって、乗っても折れない」
 子猫はまだ動かない。
「ほら、大丈夫、保証する」
 子猫は更に警戒する。首の後ろの毛を逆立てているのは、気のせいだろうか。
「早くしろよお前。これ、そんなにもたないんだってば。折れちゃうんだよ――」

(……あれ?)

 徹が子猫一匹説得できない自分にあきれ始めたところで、子猫は、意を決したように飛び乗った。マフラーごと一気に子猫を引き寄せると、徹は小さく息を吐いた。
「頼むから、爪立てるなよ」
 子猫をそっと離すと、子猫は一声鳴いて林に消えていく。徹は額の汗を拭うと、校門へと戻ることにした。

 結局徹は最後まで、自分を見つめる視線に気づくことはなかった。

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