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月の裏で会いましょう4/ まえがき

2010年01月02日 00:52

 お届けする6回目のサイドストーリー、今回はイベントも無く怪異も無く宝玉も無く、そして謎めいた赤い髪の転校生も無く、です。

 学園小説らしい日常生活を書きたいと思って始めたのですが、久しぶりに「学園一の美少女」をヒロインに据えたことで、非日常の妄想もしっかり混じってしまった気がします。
 
 他愛のない八つの場面の積み重なりですが、いつものとおりこれが好きだといいな――ということで。
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藤原徹はどこだ? (月の裏4―1)

2010年01月02日 00:52

「藤原徹はどこだ?」

 うららかな十一月の昼休み、参宮学園二年三組の教室に男の野太い声が響き渡った。
 自席に座っていた藤原徹が弾かれたように顔を上げると、教壇の前で三年生と思われる男子生徒が腕組みをして立っていた。

 刈り上げた短髪、太い眉と太い鼻。季節はもうすぐ冬だというのに捲りあげたシャツの袖から覗く腕は、太い。男が醸し出す威圧感に教室中が静まりかえる。
 最前列の生徒が気圧されたように椅子を引いた音が、徹の耳にやけに大きく聞こえた。

(何だよ、これ……)

 徹に心当たりは無い。
 だがこの場で賭けろと言われれば、続く展開は果たして悲劇か喜劇か、はたまた大活劇か。
「選択肢にはないけど、バイオレンスに千点かな」
 隣の楠ノ瀬麻紀の独り言が耳に入った。

 何故自分の考えていることはいつも読まれてしまうのか。徹は溜息をつきながら、さりげなく身体を屈めて壇上の視線から逃れようとして――

 気付いた。
 既にクラス全員が自分を見詰めていた。

 壇上の男が不吉な笑いを貼り付かせたまま近付いてくる。と思うと肉厚の手が徹の肩を掴んでいた。
「先輩から呼ばれたら返事をしなくちゃな、藤原」
 口調こそ親しげだが、その太い眉は吊り上っている。

「スプラッタにも千点追加かな」
 隣では無責任な独り言が続いている。

「は、はい、先輩」
 徹は肩を掴まれる痛みに顔をしかめながら立ち上がった。男の笑みが大きくなる。

(こんなことなら朝、占いを見てくるんだった)

 上級生に引き摺られるように教室を去る間際、徹の視界の端に、ぽかんと口を開けている荻原有理の顔が映った。

空手部に? 俺がですか? (月の裏 4-2)

2010年01月02日 00:53

「空手部に? 俺がですか?」

 教室から連れ出されて十分後、徹は空手部室で三人の男に取り囲まれていた。

 正面のパイプ椅子に腰を下ろしているのは倉田大悟と名乗った、先ほどの上級生である。本人の説明によれば空手部の主将を務めているらしい。
 徹の左側に立つ背の高いひょろりとした細目の男は、同じく三年生で副将の前川要。右に立つ比較的小柄で童顔の男が、一年生の倉田洋平――主将の倉田の弟だった。

 針金ハンガーに掛けられた何着もの空手道着と色とりどりの帯。そして部屋の隅に転がる大小のキックミットとヘッドギア。そこかしこから醸し出される何とも言えぬ匂いに徹は僅かに眉をひそめながら、直立不動で立っていた。

「お前も知ってる通り、参宮学園の生徒はそれほど多くない。残念ながら我が伝統ある空手部も、ここ数年は存続の危機にあった。しかもだ」
 そこで倉田兄の口元が忌々しげに歪む。

「荻原有理の入学以降、武道に興味を持つ生徒の殆どが合気道部に流れた」
「合気道だと手も握れるし」
 兄の気持ちなどお構いなしに気楽な口調で続けた弟を、兄がもの凄い形相で睨みつける。

「で、でも、それで空手部と俺にどんな関係が」
 言い掛けた徹の言葉が、副将の前川の言葉に遮られた。
「高宮だよ」

(あ……)
 徹は言葉を呑みこむ。

 体育祭、そしてその後の戦いで徹に敗れた後、同じクラスの高宮武は転校した。
 敗れた方が学園を去る――そんな条件があったことは高宮と徹以外に知る者はいない。けれども、高宮のプライドの高さを考えれば、真相に辿り着くのは決して難しいことではなかった。

「運悪く高宮の他にもう一人、部員が減ってなぁ。これじゃあ安心して引退も出来ん」
 倉田兄が大袈裟に嘆息すると、座ったままで徹の方に顔を近づけた。がっしりとした身体の下で、パイプ椅子がぎしりと軋んだ。

「藤原、お前には責任がある。空手部に入れ。そして」
「いや、ちょっと待ってく――」
「まだ、話は終わってない!」
 部室の窓ガラスを震わす倉田兄の一喝に、徹は首をすくめた。

「もう一つだ」
 倉田兄がぎょろりとした目で徹を睨みつけながら、人差し指を立てた。
 そのまま節くれだった指を徹の眉間に突き付ける。
「女を一人、マネージャーとして連れてこい」

「へっ?」
 唖然とした徹に、再び雷が落ちた。
「藤原ぁ、空手部員なら返事は押忍だ!」

「…………お、押忍!」

へー、面白いじゃん。やってみれば (月の裏 4-3)

2010年01月02日 01:03

「へー、面白いじゃん。やってみれば」

 そして週が明けた月曜日の昼休み、徹といつものメンバーは学食に集まって話していた。
 楠ノ瀬麻紀が無責任な相槌を打つ横には荻原有理、テーブルの向い側には桐嶋和人と車椅子の杉山想平が座っている。脇には何故か、荻原有理の妹の有為の姿もあった。

「倉田先輩もこんなのに頼らなきゃいけないなんて、本当に可哀そう」
 この暴言が誰のものかは説明するまでもない。こんな台詞を聞いて、場に緊張感が走らないのは自分のキャラのせいなのか、それとも有為のキャラゆえか。
 徹は我が身の置かれた理不尽さに目の前が暗くなりかけるが、ぐっと堪える。

「ま、まあ、新入生が入ってくるまで、あと四ケ月だし」
 その場を穏便に収めようとする桐嶋に対し、徹は首を振った。
「空手部員になるのは覚悟を決めたんだけど、マネージャーの方がなぁ」

 倉田兄から話を聞いて一瞬リタの顔が浮かんだのは事実だが、その案はすぐ自分で打ち消していた。
 リタは急用で一時帰国中だったし、それより話をしようものなら、「徹、なぜ部員ではいけないのか」などと言ってマネージャーどころか空手部員になりかねないのが心配だった。

「倉田先輩、毎日教室に来ては念押ししてくるんだよ」
 こめかみを押さえる素振りをしながら、期待感を込めて楠ノ瀬を見た。が、
「あたし、今月忙しいからパス」 
 容赦なかった。

「合気道部の副将が空手部のマネージャーってのもねえ」
 有理もやんわりと断ってくる。

「お、おれだったら別に――」
「桐嶋、すまん。女子限定だ」
 徹は親友の申し出を断ると、力無い笑顔で伸びたラーメンを啜った。

「それより藤原先輩、もう体育祭で痛めた足はいいんですか?」
 その場の空気を変えようと、今度は杉山が話しかけてくる。ミスター参宮が終わってしばらく、徹が足を引きずっていたのは事実だった。

 そこから話題は自然に体育祭での思い出話に移り、ひとしきり盛り上がってきたところで――

「……ちょっと」
 険のある声に徹はぎくりとした。

「あんた、どうしてあたしにはマネージャーの声を掛けないのよ」
 有為が不愉快そうな顔で徹を睨みつけている。食事がまだ終わってないからとはいえ、右手にフォークを握りしめているのが何ともいえず怖い。

「え、もしかして有為ちゃん、やってくれ――」
「嫌。絶対に嫌だから」

 徹の言葉を最後まで言わせずに答が返ってきた。
「有為」
 たしなめる有理の横で、杉山が頭を振りながら眼鏡の弦を指で押し上げる。

(何だよこの会話……)
 肩を落とす徹の横で、楠ノ瀬が耐えきれず吹き出していた。

臭っ! 今日は練習中止で全員部室掃除! (月の裏 4-4)

2010年01月02日 01:04

「臭っ! 今日は練習中止で全員部室掃除! じゃないとあたし、マネージャーやらないからね」
 口にフェイスタオルを当てた有為の顔が歪んでいる。
「押忍!」
 主将の倉田以下、全員の声が揃う。もちろんその中に徹もいる。

 何故こんなことになったのか。
 その日の放課後、徹と倉田兄弟、そして前川は必死に空手部室の掃除をしていた。

 あちこちに散らばったシャワーサンダル。奥の棚に無造作に突っ込まれた襟の伸びたTシャツ。ヘッドギアの山を整理しようとすると奥から出てくる数年前のアイドルのグラビア。
 当初はいつ果てるともなく続くと思われたが、始めてから一時間半、徹たちはようやく拭き掃除にまで辿り着いていた。

「藤原先輩、凄いっすよ。どうやってあの有為を説得したんですか?」
 共に雑巾を手にして床にしゃがみ込んでいる倉田弟が、声をひそめて話しかけてくる。その声が興奮に上ずっていて、ひそめている意味が全くないのが愛嬌といえば愛嬌である。

 倉田弟は無言の徹に対して先ほどから同じ台詞を繰り返しているが、徹の方こそ、あんな会話をしておきながらどういう風の吹きまわしで有為がやってくる気になったのか聞きたいくらいである。
 返答に困りながら、部室の入り口で腕組みをして立つ栗色の髪の少女のことを盗み見た。

 姉の有理には随分慣れたが、こうやって有為を見ると、その美貌にはある意味呆れてしまう。一体どんな親からこんな綺麗な子が生まれるんだろう。街を歩いていてスカウトに声を掛けられたことも一度や二度でない、というのも頷ける。

(そういえば、この子と二人でプールに行ったんだよなあ)
 途端に、黒いビキニを着けた少女の姿がまざまざと甦る。
 あれはいかなる運命の悪戯だったのだろうか。

 しゃがみこんだままで徹が首をひねっていると、倉田弟が必死に小声で自分を呼ぶのが耳に入った。
「藤原先輩、ふ、藤原先輩!」
 だからお前、それじゃあ声をひそめていることにならないんだって――そう言いかけて、徹は口を噤んだ。

 有為の二―ソックスをはいた脚が、目の前にあった。

「……あんた、今いやらしいこと考えてたでしょ」
 頭上からの声が怒りに震えている。徹の脳内に、パイプオルガンの不吉な重低音が鳴り響く。

「いや……あの、その」
「……藤原先輩、顔に出てました」
 横から悲しげに倉田弟が駄目押しする。

「あんたは雑巾がけ百回! わかったわね!」
 倉田兄に勝るとも劣らぬ一喝が、徹を直撃した。

えっ? (月の裏 4-5)

2010年01月04日 01:25

「えっ?」
 気付くと前川の踵が、予想外の角度から綺麗に徹の頭を捉えていた。ヘッドギアを通じて衝撃が脳を揺さぶる。膝が落ちかけたが構わず前に出ようとした徹の腹を、今度は中段前蹴りが襲う。
 思わず徹が膝をついた。

 そこで倉田兄が終わりを告げる太鼓を叩いた。

   * * * * * * * *
 
 徹と有為が空手部に入って三週間。真面目に練習に通い続ける徹に、一度組み手でもやってみたらどうかと有為が提案したのが、そもそもの切っ掛けだった。

 慌てて首を横に振った徹に対し、意外に真剣な顔で倉田兄は考え始め、
「確かに早すぎる。だが武道の体捌きが完全にできていることも事実だ」
 などと暫く唸った後、結局軽いスパーとなったのである。

「ま、早いうちに一度慣れておくのもいいだろう」
 そう言って胸を貸してくれた前川だったが、果たして結果は散々だった。

「しょうがないっすよ。藤原先輩は初心者だし、前川先輩の蹴りは癖があって、高宮先輩でさえ何度ももらってましたから」
 倉田弟がフォローする。
「まあ、俺の方はお前の動きを体育祭でも見てたしな」
 首の汗をタオルでぬぐいながら、前川もそう口にする。

 だがそれにしても、徹はこれほどまでに撃ち込まれるとは思っていなかった。自らの小さな自惚れを反省するとともに、空手の凄みというものを心底実感する。

「あーあ、カッコ悪い。やっつけられて、しかも周りに気まで遣ってもらっちゃって」
 有為は聞こえよがしな声を上げた後、
「しょうがない。ほら、行くわよ」
 道場の隅で胡坐をかいていた徹に近づくと顎をしゃくった。

「へっ?」
「保健室」
 犬にでも話しかける口調だった。さすがに徹は苦笑いしながらも、
「大丈夫だよ、前川先輩も手加減してくれてたし」
 そう答えた。

「あ、何だったら俺が付き添いますから」
 倉田弟も腰を浮かしかけたが、有為の目に浮かんだ凶暴な光に一瞬にして沈黙した。
 前川が興味深そうに、その尖った顎に手をやりながら目を細める。

「ほら、行くわよ」
 面倒くさそうな口ぶりで乱暴に突き出された白い手を、徹は無意識につかんで立ち上がった。
 
 有為の手はリタよりも小さく、そして柔らかかった。

あんた最近、鼻の下伸ばしてんじゃないの? (月の裏 4-6)

2010年01月04日 01:26

「あんた最近、鼻の下伸ばしてんじゃないの?」
 その日の部活からの帰り道、徹と有為はバス停までの道を並んで歩いていた。

 徹が前川とのスパーを終えた後、保健室で簡単な手当てをして貰って道場に戻ると有為は開口一番、
「藤原先輩は今日は帰った方がいいそうです」
 そう宣言した。

「へっ? 先生も別にそんなことは――」
 言い掛けた徹の足を、思い切り少女の二―ソックスが踏み付ける。
 そこ、高宮との戦いで痛めたところなんだけど――徹は顔をひきつらせたまま、黙って有為の台詞を肯定した。 

 そして「付き添い」の有為と一緒に帰ることになったのだが、二人きりになると何故か有為も口数が少なくなる。会話らしい会話の無いままバス停についたところで、いきなり話しかけてきたのである。

「学園祭と体育祭で少し目立ったからって、いい気になってるでしょ」
 唐突な台詞にしてはひどい言われようであった。

「何だよ、一体」
 さすがに徹もむっとしかけたが、有為はなおもあれやこれやと口にする。
 よく聞いてみると、さっき校門ですれ違う下級生の少女たちに手を振られて、徹も手を振り返したことが気に入らないらしかった。

「ああいう女たちが付きまとってきたからって鼻の下を伸ばしてると、絶対痛い目にあうんだからね!」
 随分な話だが、付きまとわれる経験に関しては有為の方が徹より遥かに上である。そんなものかなあと妙に納得してしまう、もう一人の気弱な自分がいる。

 何とも曖昧な状態のまま話を聞いているうちに、
「特にあたしのクラスの葛原那由なんて、要注意なんだから」
 固有名詞まで飛び出してきた。

「那由ちゃんが?」
 徹はつい反応してしまった。

「……あんた、どうしてあの女のことをファーストネームで親しげに呼ぶわけ?」
 断言しよう。今確かに周囲の気温が数度下がった。

「いや、だって、有為ちゃんのことだってファーストネームで呼んでるわけだし――」
「もしかして、あたしとあのと女が同列なの?」
 有為の周囲が氷結する。徹、口は災いの元という警句が日本にはあるそうだな――何故か赤い髪の少女の真面目くさった顔が、徹の脳裏に浮かんだ。

「と、に、か、く、あたしのことはよくても葛原那由は駄目なの」

 無茶だ、無茶すぎる。これは、今日の授業で出てきた「暴君」というやつでは――
 危険な考えが頭を掠める。しまったと思う間もなく、目の前の少女の瞳が冷たく細まる。

「今また、変なこと考えようとしました? 藤原先輩」
 徹、後悔先に立たずだな――再び赤い髪の少女の顔が脳裏に浮かぶ。

 結局バスが来るまでの間、有為の説教は止むことは無かった。

先輩も転校ですか? (月の裏 4-7)

2010年01月04日 01:28

「先輩も転校ですか?」
 突然の知らせは、その翌日にやって来た。

「さすがに俺たちも驚いたんだけどな」
 倉田兄が太い眉を大げさに寄せた。本人は驚いた表情を作ってみせたつもりだろうが、何というか、大きな寺の両脇に立つ石像の顔みたいだった。

 藤原徹の空手部生活は、すっかり磨き上げられた部室で唐突に終わりを告げた。

 父親の転勤に伴う倉田兄弟の転校が原因だった。こういう偶然というのは続くものである。
 男子高校生二人であれば、親元を離れてここに残ってもいいのでは――そう思いかけた徹だったが、聞くと転校先は空手の名門校であり、兄弟にとっても悪い話ではなさそうだった。

「藤原先輩、短い間でしたがありがとうございました」
 倉田弟が童顔を赤らめながら両手を差し出してくる。こいつもいい奴だなあ、そう思いながら差し出された手を握ると、
「有為ちゃんと三週間、夢のような時間を過ごすことが出来ました」
 本人は小声のつもりで、またもまる聞こえである。

 やれやれとばかりに有為の方を向くと、意外なことに少女は小さく笑っていた。
「ま、これはこれでよかあったんじゃない。あんたも部活から解放されて」

 有為の言葉に戸惑っていると、前川が落ち着いた口調で付け足した。
「これで空手部の廃部は決定だ。俺とお前の二名じゃどうしようもないしな」
 徹は思わず前川の顔をまじまじと見る。

「気にするな、俺は元々地元の道場に通ってたから、そっちで続ければいいだけだ」
 前川が細い目を一層細くして、徹の胸を拳で軽く叩いた。
 周囲が頷く様子から察するに、徹が部室に来る前に一通りの話は済んでいるらしかった。

「でも終わりになっちゃうと、ちょっと物足りないかなあ」
 そう言いながら、有為が大きく伸びをした。

 なんやかんや文句を言いながらも、初日の大掃除以降は有為が部室をこまめに整理してくれていた。
 部屋の隅にはいつのまにか小さな本棚まで備え付けられ、それならとばかり、倉田兄弟の購読している空手雑誌のバックナンバーも運び込まれたばかりだった。

「何か、話してるうちに喉乾いちゃいましたよね。ジュースでも買ってきましょうか」
 そう言いながら倉田弟が立ち上がる。横で倉田兄も頷いている。
「あ、それ賛成」
 有為が両手を叩くと、徹に顎をしゃくった。
「ほら、行くわよ」

「へっ?」
 徹の反応に、有為がうんざりした顔になる。
「気が利かないんだから。だいたい、去る倉田先輩たちに仕事させちゃ駄目じゃない」
 そう告げると、徹の返事も待たず部室を出て行ってしまった。
 慌てて徹も後を追いかける。

 予想通り、ジュースは全部徹が持った。

思えばあっというまだったなあ (月の裏 4-8)

2010年01月04日 01:29

「思えばあっというまだったなあ」
 数日後の部活の帰り道、徹は暮れかかる空を見上げながら有為と歩いていた。
 コートなしではもう肌寒い季節だったが、空気の冷たさが清冽さの証に感じられて気持ちがよかった。

「有為ちゃん、今までありがとう。助かったよ」
 自然と感謝の言葉が口を衝いて出る。あれこれ口うるさく振り回されもしたが、思い返してみれば短くも充実した日々だった。

 この日が遠からず来ることを、自分自身予感していたのであろうか。他流派を学ぶことも時には大事だ――そんな師の言葉に甘えて空手に没頭した一か月だった。
 先週からリタも日本に戻ってきており、また普段の生活が始まろうとしていた。

「お礼は言葉だけじゃなくて、プレゼントと一緒にお願いしたいんですけど、藤原先輩」
 有為の憎まれ口にも、素直に応じられた。
「そうだな、何か考えなくっちゃな」

 有為は徹の反応に拍子抜けした顔になったが、すぐに、
「当然よ。当り前じゃない」
 それだけ口にした。

 お礼なら何がいいだろうか、徹がそんなことを考えながら歩いていると、
「ま、あたしも面白かったかな」
 有為がそう呟いて大きく背伸びをした。紺色のコートの前が左右に開き、ジャケット越しに胸の線が強調される。徹は思わず視線を向けてしまい、慌てて目を逸らす。

 有為は視線に敢えて気付かぬふりをしてくれたのだろうか――もう一度気持ちよさそうに伸びをした後、
「いいこと教えようか」
 徹の方を振り向くと、突然そう切り出してきた。

「この前シュガークラフトを三人で見に行った時ね、有理は最初、すごくかわいい服を着ようとしてたんだ」
 話の展開に追いつけない徹は相変わらずの返事をしながら、当日の記憶を手繰った。
「でも確か……あの日のオギワラユリは、割と普段着みたいな――」
 失言にならないだろうかと考えながらも正直に口にすると、有為が頷いた。

「そう。でもどうしてだと思う? 実はね」
 そこで大きな瞳を細めて顔を近づけてくる。口紅なのかリップクリームなのか、艶やかな光沢を帯びた唇が動いた。
「あの朝、あんたと二人で夏休みに撮った写真を見せたら有理がむっとしちゃって」

 絶句する徹を前に、有為は何を思い出したのか、外巻きの栗色の髪を揺らしながらくすくすと笑い出す。
 有為は一しきり笑った後で、
「ってことは脈ありって感じなのかな」
 そう言って納得すると、もう一度謎かけをするように徹に話し掛けてきた。

「今度はいいことあるといいね、藤原先輩」
 さすがに徹も有為の言いたいことは判る。
 だが、何と返事をしていいかは判らない。

 言葉にならず口の中を動かしているうちに、丁度、有為の家に向かうバスが停留所にやって来た。
「じゃあね」
 有為は徹に別れを告げてバスに乗り込むと、窓越しにもう一度笑ってみせた。

 その笑顔が普段と違っているような気がして――
 どこが違うのか徹が考えているうちに――
 
 バスは走り去っていた。


 月の裏で会いましょう 4 完

月の裏で会いましょう4/ あとがき

2010年01月04日 01:30

 今回のサイドストーリーは、本編との対応関係でいうと第三章金木犀16~18の裏側で起きているシーンでした。

 学園一の美少女の話は如何だったでしょうか。如月の宝玉の中では外見も性格も群を抜いて「お約束」のキャラ設定の彼女ですが、久し振りに中心に据えてみて楽しかったです。
 この組み合わせで主人公は普段より更に鈍感になり優柔不断になり、ヒロインの女王様ぶりは更に加速し、という感じで、全くもって少年ラノベ設定恐るべしです。

 あと、どうでもいいことかもしれませんが、作者的にはバスという交通手段が高校生をイメージするキーワードだったりします。バスが出てくるだけで学園小説っぽく感じられたり……これはかなり個人的な感覚でしょうか。
 今回、「バスは走り去っていた。」と物語を締めくくれたことが密かに嬉しい作者です。

 最後になりましたが、ここまでお読み頂きありがとうございました!

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