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髪は炎の色にして/ まえがき 

2009年05月01日 00:28

 本編終了後もこのブログに訪れて下さる「熱烈な同志」(毎度ながら脳内変換)に感謝をこめて、三度目の簡単な読み物を作りました。今回は、リタと赤い髪の一族に絡んだ話です。
 大きく分けて三つのパートから成り立っており、それぞれ主人公は異なります。

 今までの二作のサイドストーリーが本編の物語世界の裏側で「実際に起きていた」話であるのに対し、今作は本編の並行世界で「起きた(起きる)かもしれない」話です。

 各話が物語本編と地続きに繋がっているかと問われればYesではないが、かといってNoでもなく――というのが正直なところです。簡単に言えば、if小説という表記が一番近いかもしれません。

 それでは、これが好きだといいなと願いつつ始めます。
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髪は炎の色にして 第1話 About fifteen years ago 前編

2009年05月01日 00:29

「ちょっと考えさせて貰える?」
 それが連を申し込んだときの彼女の答えだった。

   * * * * * * * *

 アナスタシア=ハート。三週間前にイギリスから突然やって来た赤い髪の三年生は、参宮学園高校に春の嵐を巻き起こしていた。

 背が高く均整のとれた――いや、日本人の基準からすれば胸元はそれ以上の、容姿。スクリーンの中でしか見かけたことのない、血管の浮き出るような白い肌と彫りの深い整った顔立ち。生命力に満ち溢れていながら、ふとした拍子に神秘的な影が差すターコイズ・ブルーの瞳。
 そして何より、燃えるように赤く豊かな髪。

 脳裏に次々と浮かんだ陳腐なまでに文学的な表現に、宇田川隆介は昼休みの教室で溜息をついた。

 隆介たち二年生が上級生である三年生に連を申し込めるのは、今週一週間だけである。
 先週まで新入生たちが軒並みアナスタシアに申込んでは断られたとの噂は、隆介も耳にしていた。勇気ある少年達は、数えるのに片手では足りぬ数に上ったという。中には自作のラブソングまで披露した者までいたというから驚きである。

 噂と言えば、彼女は如何なる相手にも即答しなかったらしい。

「ちょっと考えさせて貰える?」
 常にそう口にしたという。
 転校生の人気を必ずしも快く思わない少女たちの間では、これが流行語になっていた。
「ねえ、お昼は屋上で食べようよ」
「ちょっと考えさせて貰える?」
 今も教室の少し離れた席では、クラスメイト達が下らぬ会話に笑い崩れている。

 宇田川は無意識に眉を顰めると、再び机に頬杖をついた。

 去年は残念ながら、ナンバーワンの連になる夢は叶わなかった。

 長年学園の理事長職に君臨する祖父の力をもってすれば、孫に宝玉の管理者の栄誉を与えることなど造作もなかったろう。そもそも宝玉の呪いを解くことは、自分のみならず一族全ての悲願である。
 
 だが、祖父は隆介が選ばれることをよしとしなかった。
 実力不足。その言葉を口に出されるまでもなく、隆介本人が一番良く判っていた。

 とはいえ、自分が成長していることも事実である。これから一年で祖父の眼鏡に適うまでなってみせるとの自負はあった。そのためにも――そうであればこそ、今回のドルイドの少女の来訪は隆介にとって願ったりであった。

 まず間違いなく、彼女の方も隆介を知っているはずであった。遥か異国の地から宝玉を求めてきたのであれば、自分たちの事も当然調査済であろう。
 赤い髪の少女の目的は知る由もないが、彼女が一年生達の申込みを切って捨てたのは、自分からの申込みの可能性に賭けていたからだと隆介は信じて疑わなかった。これはごく当然の推論であった。

 にもかかわらず、まさか自分もこの言葉を聞くことになるとは――

(ちょっと考えさせて貰える?)

 自然と苦い笑みが浮かぶ。
 頬を撫でる風に窓から外を見ると、裏手の桜の古木は既に葉桜へと変わっていた。

   * * * * * * * *

「隆介、き、聞いたかよ」

 隆介はその日の放課後、小柄な親友が息せき切って教室に飛び込んでくる姿に顔を上げた。
「一体何だよ。そんな慌てて」
 栗原和人――隆介が参宮学園に入学する前からの、いや、正確に言えば物心ついたときからの幼馴染が、その黒々と太い眉を困惑に歪めていた。

 栗原は、過去のことが次々と記憶から消え去ってしまうという奇病に侵されていた。恐らく今の栗原には、自分が参宮学園に入学する前の記憶は既に無い。
「お、俺の頭ん中はおが屑が入っているんだって、い、医者の先生も言ってたぜ」
 隆介が幼い頃、栗原はよくそんな台詞を好んで口にしていたが、きっとそれすら忘れてしまっているだろう。

 隆介は一瞬脳裏をかすめた感傷を直ぐに振り払った。
「だから何だよ」
 幼馴染に対し、敢えて乱暴な口調でそう尋ねる。
 栗原は唾がかからんばかりの距離まで顔を近づけてきた。
「お、お前、そ、そんな落ち着いてる場合じゃ――」

「全く栗原君はいつも大袈裟なんだから」
隣の席の水野貴子も、慣れっことばかりに茶々を入れてくる。
「また、未確認飛行物体でも見たのか?」 
 皮肉る隆介に、憤慨した栗原が一層顔を近づけてきた。

(鼻にでも噛みつくつもりかよ)
 隆介が内心そう軽口を叩きかけたところで――
「ア、アナスタシアちゃんが、芥川に連のOKを出したんだぞ!」

(え……?)
 予想もしなかった栗原の言葉に、隆介の動きが完全に止まった。

 芥川圭吾。
 その名前は参宮学園の生徒であれば、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。
 芥川がまたやったらしいぜ。
 本当にあいつ馬鹿だよな。
 そんな話題はこの一年で既に日常化した。

 入学早々、全校生徒の前で陸上部のエーススプリンターだった三年生に一対一の勝負を挑んであっさり玉砕した話から、先週西川の授業中にいきなり贔屓の野球チームの応援歌を歌い出して抜き打ちテストを中止させた話まで。芥川の名前が学園で話題に上らない日は無かった。

 連についても、去年は組む相手を見つける前からナンバーワンを狙うと公言しては、相手という相手に引かれてしまい、片っ端から断られていた。
 最後にようやく見つかった三年生の少女は一学期末での転校が決まっていたという落ちまでついて、一年前の春は随分もの笑いの種になったものだった。

 だが一方、物怖じせず何にでも向かう姿勢や裏表のない性格、そして何より、小柄な身体にもかかわらずサッカーからバスケット、バレーに至るまで球技全般に運動神経の冴えを見せる少年が、学園でのポジションを確かなものにしていくのに時間はかからなかった。

 理事長の血縁で学年一、二を争う秀才と、行動に幼さを残した愛すべき学園の名物男。
 決して仲が悪いわけではないのだが、好対照と捉える周囲の評価が二人の間に見えない皮膜を――おそらくは隆介の方からだろうが、作っていた。

 だが、だがまさか、彼女が芥川に色よい返事をするなどとは――

「か、彼女が芥川なんかと連を組むはずがない!」
 動揺からつい語気を荒げる。
 栗原だけでなく水野貴子も驚いたように顔を向けた。

「宇田川君、それはちょっと言い過ぎじゃ」
 失言に気付いて隆介は慌てて言い訳を探した。
「いや、その……あいつには坂本先輩がいるだろ」

 昨年、組んだ相手が転校して連が崩れた後、既に人気者になっていた芥川には、連を組めなかった何人かの少女からアプローチがあったらしい。
 中には単に連の相手というだけでなく、恋愛対象としての告白もあったと聞く。

 だが、芥川は他の少女に靡かなかった。
 理由はどうやら芥川の家の近所に住む一つ年上の坂本美由紀にあるというのが、もっぱらの説であった。

「で、でも実際、芥川はア、アナスタシアちゃんに申し込んだのは事実だし……」
 栗原が困った顔で付け加える。隆介の方も、自分の下手な言い訳に拘るつもりはなかったので、曖昧に同意してみせた。

「それにしても連って罪作りなルールだよねえ」
 横から水野貴子も言葉を挟んできた。
「青春まっさかさまの男女が一年間も一緒に組んで、何も感じない方がおかしいもんね。芥川君だって、坂本先輩への気持ちがこれからどうなることか」

「水野、青春まっさかさまじゃなくて、真っ只中だ」
 隆介の指摘に水野が只でさえ細い目を糸のようにして笑い崩れた。つられて栗原も笑い声を上げる。
 話の落ちがついたとばかりに水野が立ち上がり、その後栗原も、と、とにかく気を落とすなよ――そう言うと去っていく。

 だが隆介は内心、激しい焦りが頭を擡げてくるのを抑えることができなかった。

髪は炎の色にして 第1話 About fifteen years ago 後編

2009年05月02日 22:48

「アナスタシア、教えてくれ」

 その後急いで席を立った隆介は、三年生の教室で友人達と話に興じていた赤い髪の少女を武道場の裏に誘った。少女は、驚いた顔も見せず隆介の後をついてくる。
 後ろで囁き合う上級生の姿に、この行動が直ぐに学園中の噂に上るであろうと判っていたが、焦る頭ではこんな強引な方法しか考えつかなかった。

「私は日本の春が好きよ。桜も素敵ね」
 アナスタシアが散りかかった桜の古木を見上げながら、そう口にする。季節が風薫る新緑の五月へ移ろうのを惜しむ風情であった。

 学園が設立される前は古刹だったというだけあり、校舎の裏手に回ると驚くほど自然が残っている。つられて空を見上げた隆介の視界に、ここをねぐらと定める小鳥たちが上空で舞う姿が目に入った。

 陽は既に傾きかけ、西の空は赤みを増している。少女の髪は、その空よりも赤く輝いていた。

「兄さんにも見せてあげたいわ」
「はぐらかさないでくれ。本当に奴の、芥川の申込みを受けたのか」
 苛立つあまり、懇願というより脅迫にも近い口調になってしまった。
 少女の青い瞳に僅かに動きがあったが、直ぐに神秘的な光を湛えた表情に戻る。年齢以上に落ち着いた表情で胸の前で腕を組んだ姿は、普段と変わるところは無かった。

 そうね、少女は小さく頷いた。
「明日まで私の気が変わらなければ、あなたの申込みを受けるわ――芥川君にはさっきそう伝えたの」
 奇妙な答えに隆介は眉根を寄せる。そのまま考え込んでいる隆介を前に、アナスタシアが真珠を思わせる歯を見せた。
「だからあなたにとっても、これが最後のチャンスね。でも嬉しいわ、直ぐに私を呼び出してくれて」

 彼女は自分の魅力を熟知していた。計算された台詞と判っていても、隆介に甘い痺れが走る。灰色と臙脂色のストライプのリボン・タイの下、腕組みをした少女の胸元に無意識に視線を移してしまう。

(でも嬉しいわ、あなたが直ぐに私を呼び出してくれて――)

 心の中で少女の言葉が木霊する。
 自分は何を考えているんだ。彼女とは目的を達成するため利用し合う関係に過ぎないじゃないか。
 内心舌打ちをした宇田川の耳に、再び少女の声が響いた。

「宇田川君、奇蹟を起こす気はある?」

(え?)
 思わず隆介は顔を上げた。
 何を突然――そう言いかけた宇田川の目の前に、先程とは全く異なる少女の姿があることに気付いた。

 その、人としての容れ物は一緒。
 どこか奇妙な、僅かに挑発さえ混じる口調で話しかけるのも一緒。
 だが、その瞳の奥に浮かんでいるのは真摯な――どこまでも真摯な光であった。

 隆介は瞬時に悟った。この少女は、宝玉が何をもたらすかを、そして何を代償に求めるかまで知った上でこの地に来たのだと。
 偉大な祖父に認められたいという思い。
 ライバルに負けたくないという思い。
 そんな底の浅い欲望に捉われていた自分を恥じる。

 気付いた時には、隆介は頷いていた。
「ああ、俺たちで一緒に奇跡を起こそう」
 どちらがどちらを利用するかなど、考えもしなかった。

 アナスタシアが組んだ腕を解くと、赤い髪を掻き上げる。西日に照らされた彼女の髪は、人ならぬ者の手で織上げられた金紗銀紗の輝きを纏っていた。
「誓える?」
 念押しをする少女の声は先程と同様に軽やかだったが、その瞳を見れば言葉の重みを誤解するはずなどなかった。

 心臓が強く脈打つのが判る。
 隆介は背筋を伸ばし、正面から少女の顔を見詰めた。

「誓う、この老木の前で誓う」

 果たして赤い髪の少女はこの老木の、そして足元の墓石のことまで知っていただろうか。
 だが彼女は満足げに頷くと手を差し出してきた。
「判った。芥川君には明日断るわ、縁が無かったって」
 隆介がそっと細い指を掴むと、アナスタシアが握り返してきた。

(あ……)

 思いのほかの力強さに、小さく声を漏らす。言葉にならぬ何かがアナスタシアの手から自分に流れ込んでくる。先程の痺れなどとは異なる、震えにも似た歓喜が全身を突き抜ける。

 アナスタシアは隆介の手を取ったまま、目を細めてその反応を確かめていたが、
「これであたし達はパートナーね」
 ふ、とその表情が和んだ。と思う間に大輪の花が咲き誇るような笑顔へと変わる。

「これから一年間宜しくね、隆介」
 


 連の締切りまであと僅か。参宮学園で過去幾度となく繰り返されてきた、ごくありふれた春の光景に違いなかった。季節は廻ろうとも時は戻ることなく過ぎゆくのみ――その言葉の意味を隆介が実感するにはまだ若すぎる年であった。

(ねえ隆介、あたしにはこの光景が見えていたのよ――)

 続いて耳朶を打った少女の声は、今思うと幻聴だったのだろうか。


 About fifteen years ago 完

髪は炎の色にして 第2話 Between a dream and reality 前編

2009年05月03日 22:25

 生臭い。
 それが日本の雨の最初の印象であった。

 エドワード=グレンゴールドは鉛色の空を見上げながら、車を降りた。
「エドワード様、足元にお気を付け下さい」
 ドアを開けてくれたブロンドの運転手の女性に軽く顎を動かすと、エドワードは異国の地の学舎を改めて眺めた。

 参宮学園の新年度の開始まで、あと一週間足らず。
 十数年前には母も学んだというこの場所は、弦桐寺と呼ばれる名刹だったと聞く。校門から校庭へと続く並木道にもその名残が見て取れる。
 歩き出すとアスファルトに広がった水溜りが不潔な音を立て、エドワードは顔を軽く顰めると首を振った。

 正直に言えば、この国の印象は好ましいものではなかった。
 空港に着いたその日から人々はあからさまに好奇の視線を向け、自分の容貌について囁きあう。燃えるような赤い髪にターコイズ・ブルーの瞳、そして抜けるように白い肌。確かにこの地でエドワードは異質であった。

 だが、彼らはエドワードが自分達の言葉を解さないと理由もなく確信しており、時に耳障りなほど声高になる。母が日本について話すとき、何故あれほど懐かしそうな表情を浮かべていたのか、エドワードには理解できなかった。

「エドワード様」
 大振りの傘を差して背後に付き従う女の声に我に返り、自分の置かれている状況を思い出す。
 答える代わりにもう一度軽く顎を動かすと唇を真一文字に結び、理事長室へと向かって足を速めた。

 こんなところで物思いに耽っている時ではなかった。この地に来てからの自分の一挙手一投足は、全て明確な目的を持っているべきだった。今日の目的についても、改めて立ち止まって考える必要などない。
 自分は、ある男に会うためにここを訪れたのであった。

 宇田川隆介。それが男の名前だった。
 長きに亘ってこの地に居を構え、葛原家に代わって宝玉を守り続けてきた一族。
 十数年前に母と共に運命に挑み、母の為に自ら憑代となることを選んだ男。

「だが、結局は失敗した」
 ぼそりと独りごちる。それは否定することの出来ぬ冷徹な事実であった。
 少年の脳裏に、一週間前に別れを告げた姉の姿が浮かぶ。無意識に唇を噛締め拳を握り締める。
「エドワード様――」
 付き従う背の高い女の声に、今度こそエドワードは溜息をついた。

 何故自分はこうも思考が拡散してしまうのだろうか。

 人はエドワードのことを、姉と同様に意志が強くその目は相手の心を貫くようだと評してきた。
 だが、自分だけは知っている。単に感情表現が苦手で仮面を被っているだけだと。いや、母とセシルは自分以上に分かっているかもしれない。
 一見姉と似た表情の裏で如何に自分が夢想に耽り、下らぬ事に煩悶しているかを。

 エドワードは唇を噛締めたが、直ぐにセシルに何度となく指摘された悪癖であることを思い出し、代わりに顎をひいて目の前を睨みつけた。理事長室はもう目の前であった。
 少年が大きく息を吸い込んでドアを開けると、中肉中背の身体をスーツで包んだ男と、十代半ばの少女の姿があった。

「参宮学園へようこそ」
 男は綺麗なキングス・イングリッシュだった。

 部屋に足を踏み入れたエドワードの目に続いて映ったのは、年代を感じさせる飴色の大ぶりの執務机と、壁一面に備え付けられた書架であった。左手に大きく取られた窓は薄らと曇っている。
 中央に置かれた古い革張りのソファの前で、三十前後と思わしき男がこちらを向いて立ち上がっており、その向かいには、制服を着た小柄な少女が膝を軽く斜めに揃えて腰掛けていた。華奢な手足やほっそりとした首筋が、どこか綺麗な羽根を持つ小鳥を思わせる。

「お前が宇田川か」
 エドワードの言葉に少女が不快そうに眉を顰めた。だが、その仕草も優美である。 

「どうやら私は失礼する時間のようですね」
スーツを着た男が頷くと、少女を導きながら理事長室のドアを開ける。送り出したところで、男はふと思いついたように少女に呼びかけた。
「判らないことがあればいつでも連絡してくれ」
 少女はその言葉に頷くと、軽く一礼をして出て行った。

 エドワードはその姿を目で追ってしまった。少女の美しさもさることながら、彼女が自分といつか関わることになる、理由も無くそう確信を持った。だが、それ以上思考が拡散する前に男に向き直ることにした。

「宝玉はどこにあるのか」
 単刀直入なエドワードの問いに対して、目の前の男――宇田川隆介は歯を見せた。育ちのよさを印象付ける笑顔であったが、エドワードは男の瞳の奥に憐憫の影を感じとり、鼻に皺を寄せた。

「君はもう、学園のルールをお母さんから聞いているんじゃないのかい?」
 既に宇田川は、言葉を日本語に切り替えている。ソファに再び深く腰を下ろし両手を膝の上で組んだ姿は、少年の存在など取るに足らぬものであるかのように些かも動じる素振りがない。
 仕立ての良いスーツ、磨き込まれた茶色の革靴、袖口から覗く同系色の腕時計。その全てに隙がなく、それが故にエドワードを苛立たせる。

 エドワードは無意識に顔を歪めながら前髪を掻き上げた。姉と同じ炎の色をした、だが姉よりも癖が強いウェーブを、指の腹でぐしゃりと押し潰す。
「質問に答えて欲しい。宝玉は今もここにあるのか」

 宇田川は敵意すら感じさせる少年の問い掛けにも笑顔を崩さなかった。
 エアコンの低い振動音だけが響く部屋で、二人はただ見詰め合う。
 先に口を開いた方が負けだ――エドワードは理由もなく、そう感じていた。

「中途半端な覚悟では――」
 そして静寂は、破られた。

「中途半端な覚悟では、命を落とす」
 その言葉を口にした男は、最早笑みを浮かべてはいなかった。如何なる表情すら浮かべていなかった。
 突如として少年の心の奥底から、不快感が湧き上がる。
 宇田川の言葉の意味するところについてはエドワード自身、日本に来る前から自問自答してきた内容であった。

 そんなことは判っている。自分は無様に失敗したお前とは違う。
 拳を握り締めたエドワードが口を開こうとした瞬間、宇田川が言葉を継いだ。
 その言葉は、それから数日の間エドワードの耳朶にこびりついて離れることはなかった。しかも回想の中では不快な笑い声さえも重なるのであった。

「君はきっと、今年度の管理者にはなれない」

 それが宇田川の答だった。
 エドワードは歯を食いしばった。
「そんな言葉は認めない、今回こそ、凶獣と相対して必ず姉を救う」
 何か言いかけようとする男に、赤い髪の少年は強引に言葉をかぶせた。
「覚悟ならある」

 この命に代えてもだ――

髪は炎の色にして 第2話 Between a dream and reality 後編

2009年05月03日 22:33

 エドワードは宇田川との話を終えた後、校内を歩いて廻ることにした。

 母とは異なり予知能力に劣るエドワードとしては、足で稼いで成功の確率を上げるしかない。接触型といえばもっともらしく聞こえるが、単に劣後する能力を別の言葉に言い換えただけだと判っていた。人影のない教室に立ち寄っては壁に耳を付け、机に手を当てる。
 校庭を一周した後で裏の林に足を踏み入れたのも、くまなく歩き回ろうとしたエドワードにとっては、いわば当然のことであった。

 武道場は校庭の右奥にあった。裏手には林が続いており、更にその奥には小さな墓地も見える。どこまでが学園の土地でどこからが寺の跡なのか判別し難い。
 エドワードが道場の入口で躊躇っていると、突然誰かが中から扉を開けた。

「あれえ、珍しいなあ」
 目の前には艶やかな黒髪に、そしてその髪よりも更に深い色を湛えた瞳の少女が立っていた。
 黒は悪魔、闇夜の眷属――エドワードが十三年間育んだ浅薄な固定観念は、音すら立てず一瞬で砕け散った。

 肩口で切り揃えた髪は漆黒の中に真珠の光沢を重ねており、その大きな瞳は快活さと知性とを兼ね備えている。制服のスカートからのぞいた脚は軽く左右に開かれ、しなやかに長い。

(参宮では、必ず誰かと「連」を組むのよ)
 母から聞かされていた言葉が脳裏に浮かぶのと、エドワードが口を動かすのは同時であった。

「君の名前を教えてもらえないか――」
 年上に見える少女は一瞬その瞳を見開くと、不意に崩れるように体を折って笑い出した。頭を震わせて笑う動きに合わせ、艶やかな黒髪が波打つ。

「今日はなんだか、面白い日だなあ」
 少女は涙を拭う素振りを見せると、前に一歩足を踏み出した。少女は頭半分高いエドワードを下から覗き込むように上目使いで視線を合わせると、形のよい唇を開いた。

「あたし、荻原有理。合気道部の今度二年生。宜しくね」
 そのまま足を止めずに、赤いスポーツバッグを抱えてエドワードの横をすり抜けて出て行く。故郷の荒れ野に咲く花とは異なる甘い匂いが鼻腔に広がり、無意識にエドワードは顔を赤らめた。

 少女は、どうして自分が日本語を話せるのか、名前は何と言うのか、どこから来たのか、何一つ問うことなく遠ざかっていく。エドワードは、口を半開きにしたまま、呆けた顔つきで少女の後姿を見送るしかなかった。

 日本人は好きではない――そう感じたのはついさっきだったではないだろうか。エドワードが再び考え始めたその時、既に校舎へ続く道への曲がり角にまで差し掛かっていた荻原有理が振り返った。
 少女の瞳が自分を再び捉えるのを見て、エドワードの息が止まる。

(え?)

 少女は何かを叫んでいた。
 確かに聞こえたが耳を疑った。目を細めたエドワードに対し、荻原有理はもう一度声を張り上げる。
 今度は聞き間違いようがなかった。
「その髪、綺麗な色だね」

 エドワードは表情を繕って頷くとすぐに背を向けた。そのまま道場に入り扉を後ろ手に閉める。靴を脱ぐと足早に奥へと進んだが顔が熱く火照るのが感じられた。
 心臓が脈打つ音が脳に直接響く。

 間違いない。運命の出会いは確かにあるのだ。
 エドワードは歩きながら少女の名前を舌の上で転がした。
(ユリ……オギワラユリ)

 馴染みのない響きを覚えこませるため、何度も繰り返す。忘れるわけがないと判っていてもその名を呟き続ける。そのまま、明かりのついている柔道場へと無意識に足を運んだ。
 だが、エドワードは誤解していた。

 何が運命なのか、何が必然なのか。
 荻原有理とあったことが運命なのか。

 それとも、一人の少年と出会った事こそが必然であったのか。
 
 柔道場には、自分と背丈の変わらぬ日本人の少年が立っていた。
 少年はエドワードに気付かぬまま無心に舞っていた。足元にはリュックと緑色のマフラーが無造作に転がっている。
 
 何のことはない光景である。単に目にした内容を言葉にすれば、東洋の舞を見ただけに過ぎない。
 では、自分が皮膚の下で感じるこれをどう説明すればいいのか。

 癇に障る――日本人であればそう表現したに違いない。
 考えるより早くエドワードの身体は反応していたのだ。 
 自分はこの少年と戦うことになると。


 何時しか雨は上がり、窓から覗く厚い雲の隙間からは陽光が差し込んでいたが、エドワードは身動ぎもせず少年を見詰めていた。


 Between a dream and reality 完

髪は炎の色にして 最終話 Someday, Somewhere

2009年05月04日 20:42

 結局、僕は高校を卒業する前に彼女と別れた。

 宝玉は確かに夢を叶えてくれたが、持続させるのは本人次第だという当たり前のことに気付いただけだった。思えば、僕らは幼かった。
 最近ようやく彼女とのことを思い返すことが無くなったが、これが時が流れるということなのだろう。

 聞けば去年、参宮学園でも生徒に宝玉を管理させる制度を無くしたらしい。
 時代にあった制度に変えていくのが正しいやり方のはずだ――教師として学園に戻ってきた瓜谷先輩が提案して、理事会も承認したという。見事なまでに先輩らしいやり方だった。

 僕は今、高校時代を過ごした地を離れて暮らしているが、まめに桐嶋がみんなや学園の近況を教えてくれる。そのお陰で西川先生が退職した際は、自分も寄せ書きに一言添えることが出来た。本当に気の回る奴だ。

 だが、彼女が出来たという話だけは本人からの報告がなかったので、いきなり結婚の話を聞いた時は驚いた。しかも相手はあの楠ノ瀬だというのだから、人生は不思議な縁だ。
 既に二人から披露宴の招待状が届いている。きっと多くの懐かしい顔に会うのだろう。

  * * * * * * * *

「徹、出かける時間だぞ」

 自分を呼ぶ声に、僕は我に返った。
 また、さっきと同じことを考えていたらしい。宇田川先生が、どうも春はいけない――そう言った気持ちが良く判る。苦笑しながら僕は立ち上がった。

「ごめん、今行くよ」
 返事と共に車のキーと財布を掴むと、厚手のジャケットを引っ掛ける。
 ここは日本と違ってこの季節はまだ寒い。振り向くと彼女は既に、その髪の毛と同じ鮮やかな色のマフラーを首に巻いて立っていた。

 差し出された手を、僕は僅かばかりの感慨と共に握り返す。指先を通して穏やかな、だが満ち足りた幸福感が身体を満たしていく。

 自分がこの場所に辿り着くことなど、あの頃は思いもしなかった。
 だがこれも時が流れた証拠であるならば、年を取るのも悪くない。
 

 今年はもう、参宮学園の桜は咲いたろうか。


 髪は炎の色にして 完

髪は炎の色にして/ あとがき

2009年05月04日 20:43

「髪は炎の色にして」は如何だったでしょうか?

 趣向を少し変えたif企画、書き終わって読み返すとbitterというより感傷的なトーンが顔を出してしまいました。一区切りつけるつもりで書いたのが果たして良かったのか悪かったのか、自分でも整理できていませんが、作者としては若干の照れも感じています。
 この点、同志の方の率直な感想を頂けると嬉しいです。

 なお、一区切りと言いつつ新たな登場人物が出てくるやら、伏線の描写(回収無し)が出てくるやらの展開でしたが、物語の広がりを表現しようと実力不足の作者なりに試みた結果ということで、何とぞご容赦ください。

 最後になりましたが、ここまでお読み頂きありがとうございました!

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