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続・月の裏で会いましょう/ まえがき

2009年04月04日 01:06

 本編終了後もこのブログに訪れ、時に拍手まで下さる「熱烈な同志」(作者脳内変換)に感謝をこめて、再び簡単な読み物を作りました。四百字詰原稿用紙で三十枚程度の掌編で、全4回に分けての掲載です。

 本編の世界が持つ(そうであって欲しいと作者が願っている)、「少女たちに振り回される賑やかな日常とそこに影差す非日常の不安感」、がテーマです。
 うまく表現できたか自信はありませんが、登場人物達は伸び伸び動いてくれて一先ずほっとしています。

 それでは物語をお楽しみ下さい!
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来週の予定はキャンセルだ (続・月の裏1)

2009年04月04日 01:07

 十二月の第二週、参宮学園高校の校内。
 藤原徹は放課後、栗色の髪の一年生の少女の前に先程から直立不動で立たされていた。

「で、まさか、二回も借りを返してもらおうなんて思ってないですよね、藤原先輩」
 制服のブレザーに身を包んだ荻原有為が徹の顔を覗き込む。栗色の外巻きの髪が目の前で左右に揺れ、微かに甘い匂いが徹の鼻孔をくすぐる。

 本来であれば胸をときめかせてもいい状況のはずだが、少女の顔に浮かぶ不機嫌そうな表情を前にして、そんな感慨に浸る余裕はなかった。

「……有為ちゃん。こういう時だけ後輩らしい喋り方は止めて欲しいんだけど。あと、正直何言ってるかわからなくて――」

 相手の顔を見ながら恐る恐る切り出した徹の言葉に、有為の大きな瞳がすっと細まる。
 女の子の睫毛ってどうしてこんなに長いのだろう。そんな感想を抱いたのはほんの一瞬で、その睫毛の奥に燃えているのは自分の勘違いでなければどうやら怒りの炎のようで――

 ええと、ちょっと待った、冷静に考えろ。
 
 徹は、ぼさぼさの髪の毛を指先で無意識に弄りながら必死に考える。

 今は来週末の自分の誕生日の予定を聞かれているわけで、借りと言ったら借金の心当たりが無い以上、他の貸し借りを考えるべきで――

 わざわざ人気の無い実験教室まで呼び出されて、いつの間にか説教モードに入られている。徹は小さく溜息をつくと、怒りにまかせて再び何かを口にしようとした少女の唇の前へと指を伸ばした。

「な、何を一体――」
「有為ちゃん。そんなに騒ぐと、せっかく人目を避けたのに誰か来ちゃうって」
 よかれと思って口にした台詞だったが、それを聞いた栗色の髪の少女の声が裏返った。

「だ、誰が人目を避けてるですって」
 有為の声は更にボリュームを増している。逆効果だったかと徹が肩を落としかけたところで――

「それならよかった。隠れるのは性に合わないからな」

 突然の声に二人が振り返ると、いつからいたというのか、実験教室の戸口に赤い髪の少女が立っていた。背筋を伸ばし凛とした姿は、既にその年にして威厳に似たものすら感じさせる。

「リタ!」
 図らずも徹と有為の声が揃う。二人の声には共に動揺の響きがあったが、有為の声の中には一滴の忌々しさも混じっている。

 リタは、殊更にゆっくりとした調子で二人の元に近づいてきた。

「徹の教室に寄ったら、こっちの方角へ行ったと言うので来てみたんだが」
 豊かな赤い髪が腕組みをした胸元までかかっており、そこから覗く陶器のように白い首筋がどこか艶めかしい。その一方で表情は相変わらずのポーカーフェイスで、この状況を不愉快に感じているのか楽しんでいるのか、何とも見極めづらかった。

「徹、来週の予定はキャンセルだ。有為と出掛けてもらって構わない」
 単に事実だけを告げる口調だった。

 思いもよらぬリタの台詞に、
「へっ?」「はい?」 
 再び徹と栗色の髪の少女は声を揃えてしまう。

「どうして急に」「か、勘違いしないでよ、あたしは」
 相手に構わず話し続ける徹と有為を前に、リタは微かに――片眉をほんの数ミリだけ上げて――苦笑した。

「すまない、少し早くイギリスに帰省したくなったからな」
 その時、少女のターコイズ・ブルーの瞳には何が映っていたのだろうか。
 だが徹は深く考えることなく、リタの台詞に無造作に頷いた。

「だから、勘違いしないでって言ってるじゃない」
 尚も食い下がる有為の言葉に今度は口の端を僅かに上げて微笑むと、赤い髪の少女は用が済んだとばかりに背中を向ける。

「徹、また電話する」
 ハスキーな声とともに、ふわり、二人の目に豊かな赤い髪の毛が靡く残像が焼きついた。

何か足りないんだよなあ (続・月の裏2)

2009年04月05日 22:02

「……で、何でこうなるんだ」
 若い女たちでごった返すアクセサリー店の前。徹は自分の黒いダウンジャケットに小脇に抱えたまま、呆然と立ち尽くしていた。

 結局、徹は翌週末に有為の買い物に付き合うことになった。
 
 いや、正確に言おう。荻原姉妹の買い物に付き合うことになったのである。先ほどから黒髪と栗色の髪の美少女姉妹は、西砂の駅前に出来たショッピング・モールの中を端から端まで移動し続けている。

 ワンフロア降りるごとに、徹の両腕にぶらさがる買い物袋が増えていく。
 館内の強すぎる暖房と相まって、徹の額には玉の汗が浮かんでいた。

 このメンバーで歩くと周囲の視線を集めるのは判ってはいたが、こと男たちからの視線に限っていえば、妬み、戸惑い、憐み、疑い――これまた何一つポジティブなものがない。唯一の救いは、この場に楠ノ瀬麻紀がいないことだった。

 もし、彼女に見つかろうものならどんな攻撃を――

「あれえ、徹ちゃんじゃない?」
 徹は頭を抱えてうずくまった。
 茶色いウェーブのかかった髪に日焼けした肌――まさかの相手が隣の店先に立っていた。

 楠ノ瀬は言葉こそ問い掛けの形ではあったが、その眼は既に獲物を見つけた動物のそれだった。徹に向かって軽やかな、だが決して逃走を許すことのないステップで近づいてくる。

 しゃがみこんだ徹が再び顔を上げると、制服より十センチは短いスカートから覗く少女の太腿がもう目の前だった。慌てて視線をずらすと、少女の手には先ほど自分達が出てきた店と同じ紙袋があった。

「く、楠ノ瀬も買い物か?」
 あまりに運のない展開に語尾が震えたことくらい、許して欲しいと思う。

「うん。徹ちゃんたちも?」
 何か突っ込まれると思ったが、意外にも素直な楠ノ瀬の返しに徹は安堵した。いつ買い物を終えて出て来たのか、後ろで有為が嬉しそうに手を叩く。

「楠ノ瀬先輩、奇遇ですね。今日はこの後お暇ですか」
「うーん、暇というか約束があるというか……」
 続きを言い掛けた楠ノ瀬の後ろに、見慣れた形の良い頭が覗いた。

「俺なら暇だぞ」
 茶色のムートンジャケットを着た瓜谷悠が白い歯を見せていた。

   * * * * * * * *

「おぼえていますかぁ 目と目が合った時を~」
 瓜谷の鼻歌を聴きながら、クリスマスの飾り付けが施された駅前通りを五人が歩いて行く。

 瓜谷たちが一行に加わったことで、周囲の視線の量が倍加するとともに、その中身も羨望、感嘆、陶然――余りにも色々なものが混じり過ぎて、既に徹の語彙では分析できなくなってきていた。

 荻原姉妹や楠ノ瀬が、あちらに寄りこちらに寄りするのは相変わらずであり、その度に荷物を抱えた徹は案山子の如く店の前で芸もなく立ちつくしては、少女達を待っている。
 一方の瓜谷は手ぶらのままで時に右肩を回して投球フォームをしたり、時に女性店員に無駄口を叩いたりしては自由気ままに楽しんでいる。

 荻原姉妹と待ち合わせしてから既に三時間余り。あまりにお約束の流れといえ、自分の置かれた理不尽な境遇に天を仰ぎかけたところで、

「何か足りないんだよなあ」
 西砂で一番新しいファッションビルの前、蝶のオブジェが飾られた広場に差し掛かかると不意に、瓜谷が鼻歌を止めて呟いた。

 その瞬間、徹の背中に緊張が走る。
 ぞくり、首の後ろの産毛が逆立つ。

 これが単なる独り言と思ったら大間違いだ。この台詞は一体何の布石なのか。
 無意識に腰を低くして身構える徹の頭越しに、楠ノ瀬が相槌を打つ。
「そうそう」

「でしょ」
 有理も顔を近づけるようにして追随する。
 仲間たちの会話が噛み合うのと反比例して、徹の緊張感は急速に高まっていく。だがその一方、有理の肩口に流れ落ちる艶やかな黒髪に性懲りもなく見惚れてしまう。

 金木犀に似た香りが微かに届いた――が、その香りを感じる間もなく、
「という展開を予想して、さっき呼んじゃいましたあ」
 語尾にハート・マークが付きそうな声で、有為が纏めてきた。

 柄にもなくそんな声を――

 そう思いかけたところで、物凄い目つきで有為がこちらを見た。睾丸が縮みあがり、慌てて危険な考えを追い出す。

「よ、呼んだって誰を?」
 代わりに当然の疑問を口にしてみたが、栗色の髪の少女から返ってきたのは大袈裟な嘆息だった。
「藤原先輩だけですよ、そんな察しの悪い台詞を口にするのは」

「へっ?」
 嫌味を言う時だけの「藤原先輩」モードだったが、徹には意味が判らず間の抜けた返事をしてしまった。

「有為」
 有理が流石に妹をたしなめるが、若干含み笑いが混じっている。
「じゃあ徹ちゃんに問題。有為ちゃんは誰を呼んだでしょう。一回で答えられなかったら罰ゲームね」
「お、おい楠ノ瀬――」

 既に有為は拍手をしている。蝶のオブジェの周囲で待ち合わせをしている人々が、何事かと徹たちの集団を眺めている。
 この展開の速さはまずい。まずすぎる。

 救いを求めて振り返ると、瓜谷は腕組みをして不敵な笑いを浮かべていた。
「藤原ぁ、男を見せろよ」

(瓜谷先輩。楠ノ瀬の質問も先輩の発言の意味も全く判りません……)
徹が心の中でそう口にした瞬間、新たな声がした。

「お、遅れちゃったかな」
 毛糸の帽子をかぶった徹の小柄な親友が、眼鏡の少年の車椅子を押してやって来るところだった。

 車椅子を押す少年の顔には、自分も呼ばれたことを喜ぶ邪気のない笑みが広がっている。一方、車椅子に乗った少年はといえば徹を一瞥しただけで今日これまでの展開を読み切ったらしく、眼鏡の奥に共感とも同情ともつかぬ微妙な雰囲気を漂わせている。

 二人は、桐嶋和人と杉山想平だった。

いいよ、先輩と一緒なら (続・月の裏3)

2009年04月08日 00:07

 それから間もなく、瓜谷の行きつけだという小さな喫茶店で七人は一休みすることにした。

 土曜の夕方だというのに店の奥半分が事実上の貸切り状態である。磨き込まれた大きな木のテーブルに陣取り、名物だという濃厚なチーズケーキを口にしながら、スポーツの話題から教師の論評まで話はとめどもなく続いていく。

「で、今年は誰がナンバーワンの連になると思う?」
 瓜谷がコーラを片手に皆の顔を見渡した。

 連が「崩れた」有為がいるのに、ちょっと無神経じゃあ――
 徹は横目で栗色の少女を盗み見るが、当の有為は気にも留めていないようである。むしろ二か月も前のことに拘る自分の態度こそが問題なのだろうか、一人徹は軽い自己嫌悪に陥る。

「自信があるやつは手を挙げろ」
 瓜谷は、徹の心の動きなど無頓着に大声を張り上げると、自ら勢いよく腕を突き上げる。
 見渡すと、他に手を挙げたのは杉山だけだった。

「今年の二年生は自信が無いやつばっかりだな」
 瓜谷が呆れ顔で徹と有理の顔を順に覗き込んだ後、
「それにしても体育祭ではさみしかったぜ。俺じゃなくて藤原の側について」
 楠ノ瀬に向かって大袈裟に口を尖らせてみせた。だが、

「有為ちゃん、男の嘘を見抜ける女にならなきゃね」
 楠ノ瀬はあっさり、そうういなす。テーブルの反対側で栗色の髪の少女も澄まして首を縦に振った。

「うーん、麻紀ちゃんってあたしよりお姉さんだなあ」
 有理が感想を漏らす脇で、瓜谷はといえば懲りずに桐嶋に対し
「お前も、女の嘘を黙って包み込んでやれる男になれよ」
 などと話しかけては桐嶋を困惑させている。

 徹がどう助け船を出そうか考えているうちにウェートレスがテーブルの上を片づけに来て、全員での話題から隣同志の雑談へと変わった。
 そのタイミングを見計らったかのように杉山が耳元で話しかけてきた。

「先輩、どうして瓜谷先輩が楠ノ瀬先輩を選んだか、知ってますか」

 確かに二人はいい組み合わせだが、そんなことは今まで考えたことがなかった。
 徹が眼で頷くと、車椅子の少年は声を潜めて続けた。
「じゃあ、楠ノ瀬先輩が自己紹介に何て書いたかは知ってますか」

 果たして、自己紹介の中に瓜谷の関心を引く言葉でもあったのだろうか。
 考え込む徹の姿を見て、杉山は合点がいったとばかりに頷いていたが、おもむろに、
「身も心も捧げます。って書いてありました」
 そう口にした。

(何勘違いしたのか、やれると思ってやたら男の子が来るんで参っちゃって――)

 徹は、不意に楠ノ瀬の四月の言葉を思い出した。
 成程、それが理由だったのか――新入生たちの行動に今となって得心する。
 だが半面、瓜谷自身はそんな言葉に勘違いするはずがないのに何故――ごく当然の疑問も湧き上がってくる。

 徹は、表情だけで杉山に話の先を促す。

「……で、楠ノ瀬先輩が瓜谷先輩に申し込んだときですけど」
 少年は眼鏡越しに素早く左右を見渡すと、一段と声を顰めた。

 同時に店内に流れていたクリスマス・ソングも消え、続く言葉だけが木霊した――そう感じたのは、徹が後から振り返っての記憶なのだろうか。
 一拍遅れて、車椅子の少年の囁きが徹の耳朶を打つ。

「瓜谷先輩は楠ノ瀬先輩に向かって、一緒に死ねるか尋ねたそうですよ」

(死――)
 その単語の重みが、徹の動きを完全に止めさせた。

 一緒に死ねるか、だと?
 徹はその言葉を反芻することしかできない。だが、車椅子の後輩の説明は続く。

 楠ノ瀬麻紀が瓜谷にその理由を問うと、
 ま、念の為にな――笑顔のままでそう答えたらしい。

 正直、徹に言わせれば瓜谷の台詞は滅茶苦茶である。だが、
「いいよ、先輩と一緒なら」
 少女は何の説明も求めず、即答したという。
 その話を聞いて徹は絶句しながら、楠ノ瀬の横顔を盗み見た。

 なんと能天気なと舌打ちしたくなる反面、どこか楠ノ瀬らしいと思ってしまう自分がいるのにも気付く。
 当の本人はといえば、瓜谷が自分の小学校時代のエピソードについて熱弁を振るうのを、涙を流すほど笑いながら聞いている。

 ちょっと自分でも過敏すぎる反応だっただろうか。まさか瓜谷の言葉も文字通りの意味ではあるい。
 徹は小さく息を吐くと話題を切り替えることにした。
「杉山はナンバーワンになったらどうするんだ?」

 明るい夢の話でも訊くつもりだった。
 だが、車椅子の少年は眼鏡の弦を指で押し上げながらさらりと答えた。
「リタと一緒ですっていったら、どうします」

 危うく手にしたコーヒーカップを落としかける。
 絶句している徹の余りに直截的な反応に、杉山はどこか憐みの表情すら浮かべていた。
「冗談です。それよりリタは何のために学園に来たんですか?」

 その質問にも答えられなかった。

 そんな徹を車椅子の少年はじっと見詰めていたが、やがて酷く真面目な口調になった。
「藤原先輩、ナンバーワンになったら気をつけて下さいね」
 改めて、自分だけがルールを知らぬゲームに参加している不安感に苛まれる。

「リタは……リタは何をしたいんだ?」
 徹の言葉に杉山は黙って首を振るだけだった。

夢を見ていたんだ (続・月の裏4)

2009年04月10日 00:01

「……リタ、戻って来てたんだ」
 その時、ベッドの上の少年が静かに目を開けた。
 傍らに立つ母が、驚きと共に少年の名を口にする。背後からは奇跡だと呟く看護婦の声が聞こえた。

 病室に横たわる少年の顔は、その染み一つない壁の色よりも白かった。

「ねえリタ、僕は今夢を見ていたんだ」
 私と同じ、燃えるように赤い髪とターコイズ・ブルーの瞳の少年が話し掛けてくる。いや、ひび割れた唇を動かしただけなのかもしれない。
 だが、私はその声をはっきり聞き取ることが出来た。

「リタの代わりに僕が、参宮学園に入学した夢だったよ」
 夢の中の光景を思い返すように少年は目を細くした。私はその表情を眺めるより先に、げっそりこけた頬と尖った顎の方が目に入ってつい目を伏せてしまう。

 少年は私の変化に気付かずに、枕の上の頭を私の方に傾けて話し続ける。
「でも良かった、リタが男に生まれてこなくて」

(え……?)

 思いがけない一言に、足元へと逸らしかけた視線を再び少年へと戻す。そして――
 私は息を呑んだ。
 少年の顔に浮かんでいたのは、私が知る弟の照れた幼い微笑ではなく、一族の運命を誇り高く受け入れる男のそれであった。

「お陰で、僕はいつでも安心して眠れる」

 何と答えればいいのか。私は、どう答えればいいのか。
 逡巡しているうちに、再び少年は青い瞳を閉じてしまった。

 どれだけ時間が経ったのだろう。

 気付くと私は立ったままで母に強く抱きしめられていた。
 先ほどまでの消毒液の匂いに代わって、暖かな懐かしい匂いが全身を満たしている。

「よく堪えたわね。いいわよ、エドワードは眠ったから」
 
 両眼から滂沱の如く涙が流れ落ちるのに、それから時間は掛からなかった。

   * * * * * * * *

「さあて、じゃあお待ちかねのメインイベントだ」

 突然の瓜谷の大声に、徹と杉山は会話を止めた。
 一体何が始まるというのか。いぶかる徹をよそに瓜谷が立ち上がると、奥に向かって軽く右手を挙げる。
 と、それを合図に、突如スピーカーから陽気なアレンジのバースデイ・ソングが大音響で流れ出した。店中の客が話をやめて周囲を見回す。

(もしかして――)

 奥から満面の笑顔を浮かべたウェートレスが、蝋燭に火を灯したチョコレートのホール・ケーキを徹の前に持ってきた。徹を囲んで瓜谷が、有理が、桐嶋が、楠ノ瀬が、杉山が、そして有為すらもどこか怒ったような顔で音楽に合わせて歌を口ずさんでいる。

 朝、姉妹と待ち合わせる前に一瞬期待して、そして買い物を続ける間にすっかり諦めていた展開が、まさに目の前にあった。自分の耳が一気に充血するのが判る。
 その間も仲間たちの歌声は続いている。

“Happy birthday to you!”
 最後のフレーズと共に全員の声が一層大きく揃った。

 いつ用意したのかクラッカーの甲高い破裂音が二度、三度と響き、一拍遅れて色とりどりの紙吹雪が舞い散る。周囲に急かされて徹が蝋燭の火を吹き消すと、少女たちから歓声が上がった。
 
「徹君、おめでとう!」
 有理がリボンに包まれた薄い包みを両手で差し出してきた。

「こ、ここにいるみんなからなんだ」
 桐嶋が、八の字の太い眉をこれ以上無いほどに垂らして笑顔を作っている。頭の上にクラッカーの紙吹雪が載ったままなのが、何とも桐嶋らしかった。

「ちなみに選んだのは、有為ちゃんだから」
「楠ノ瀬先輩!」
 含み笑い混じりの楠ノ瀬の言葉に、途中から焦った有為の声が被さる。

 徹はちょっとしたサプライズ・パーティーの余韻に浸りながら仲間たちの会話を聞いていたが、周囲から急かされて包みを開けることにした。
 不器用な手つきでリボンを解いていき、テープを剥がし――

(あ……)

 それが何なのか判った瞬間、どきりとした。
 中から姿を見せたのは、黒いカーフレザーのパスポート・カバーだった。

 何故パスポート・カバーなのか。
 
 リタが二学期の終業式も待たず、「少し早く」イギリスに帰省して既に一週間。結局その理由は、後から掛って来た電話でも説明のないままであった。
 一度リタの故郷に行ってみようか――海外はおろか、飛行機に乗ったことすらない徹の心中に漠然とそんな思いが擡げ始めていたのは、事実であった。

 奇妙な偶然の一致に胸がざわつく。
 が、

「カバーに穴がたくさん空いてておしゃれでしょ」
 徹の表情の変化に触れぬまま、選んだ自分の趣味の良さだけを自慢げに話すところが有為らしく――そう、自己中心的なようで実は察しのいい有為らしかった。

 その台詞に真顔で相槌を打つ桐嶋の人の好さも相変わらずだった。
 あたしも色違いのを自分で買っちゃったんだ――楠ノ瀬もいつも通りの調子で話しかけてくる。
 仲間たちのそれぞれの言葉に、一瞬強張った徹の顔から思わず笑みが零れた。

「ここにリタちゃんがいれば、完璧だったんだけどね」
 申し訳なさそうに徹の顔を覗き込む黒髪の少女に、徹は頭を振った。

「何言ってるんだよ。皆がいてくれるだけで完璧以上だよ」
 心の底からの気持ちであった。
 そう言いながら何の気なしに革の匂いを嗅ぐ徹に、少女たちから小さな笑いが漏れる。 

 瓜谷も口の端を上げたままその光景を眺めていたが、
「確かにいい選択だ。使う機会が直ぐ来るのも、いいような悪いような――だがな」

 陽気な口調の中にも、何かを見通した台詞であった。
 その真意を咀嚼するかの如く、車椅子の少年が目を細めて眼鏡の弦を指で押し上げる。
 徹は不意に、実験教室でのリタの瞳を思い出した。

(少し早くイギリスに帰省したくなったからな――)

 あの時、少女の表情に影が差していたような――
 
 いや、自分の思い過ごしだ。
 徹は直ぐに不吉な考えを頭の中から追い払った。

 今はそんなことを考える必要はない。目の前にはリタこそいないものの、大切な仲間たちの笑顔が揃っている。間違いなくこれまでで最高の誕生日を、心の底から楽しむべきだった。
 そんな徹を眺めていた瓜谷が、白い歯を見せると再び右手を上げた。

「ようしマスター、じゃあ記念写真でも撮ってくれよ」
「瓜谷先輩、マスターってそれ死語だから」

 息の合った連の二人の掛け合いに、再び喫茶店の中が笑いに包まれる。
 ケーキを徹たちに切り分けていたウェートレスさえも、堪え切れぬように肩を震わせている。

 宝玉の管理者の発表まで三週間、土曜の晴れた午後のことであった。


 続・月の裏で会いましょう 完

続・月の裏で会いましょう/ あとがき

2009年04月10日 00:02

 「続・月の裏で会いましょう」は如何だったでしょうか?

 今回の掌編は、本編との対応関係でいうと第三章金木犀18の裏側で起きているシーンです。
 前回の「月の裏……」に比べると伏線の回収は減りましたが、一方でそれぞれのキャラ、特に準主役クラスの「らしさ」は増したかなあ、と作者自身は思っています。
 毎度のことながら、これが好きだといいな、という気持ちなのですが……

 最後になりましたが、ここまでお読み頂きありがとうございました!

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