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月の裏で会いましょう/ まえがき 

2009年02月26日 00:21

 「如月の宝玉」を最後まで読んで頂いた方、そして読後もこのブログに足を運んで頂いている僅少なる「熱烈な同志」(作者脳内変換)に感謝をこめて、簡単な読み物を作りました。

 全五話構成で、各話は独立していますが短編の形は取っていません。「如月の宝玉」の舞台において、本編の裏側で何が起こっていたかを五つのシーンに切り取ったものです。
 構成としては、第一話から四話までが小さな伏線の回収や視点を変えた描写です。また第五話はささやかにファン・ディスク的?な内容にしています。(本当にささやかですが……)

 欠片の寄せ集めではありますが、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
(一話ごとに掲載していく予定です :各話は如月の宝玉本編目次の下部にリンクを貼っています)
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第一話 君はこれをどう思ったかい (月の裏で会いましょう1)

2009年02月26日 00:37

 その日は朝から雪が降っていた。

 入学式まで一週間足らず。午前中に幾つもの打ち合わせを終えた宇田川隆介が職員室に戻ると間もなく、黒いダウンジャケットを脇に抱えた少年が辺りを見回しながら入ってきた。ぼさぼさの髪の毛の下、優しげな瞳が宇田川を探している。
 宇田川は冷めかけたコーヒーを一口啜ると、少年に向かって軽く手を上げて合図をした。

「藤原徹君だね。私が宇田川だよ」
 少年は、宜しくお願いします――そう言って頭を下げると宇田川の机の前の丸椅子に腰掛けた。細身の体つきだが、体幹を中心にしなやかな筋肉がついていることが身のこなしから見て取れた。

(鳴神菖蒲の後に送り込まれただけあるか)

 宇田川は一人納得すると、机の中から茶封筒に入った書類を取り出し、おもむろに説明を始めた。
 受け答えの端々から、藤原徹には聡明さも兼ね備わっていることが見て取れた。宇田川は説明の最後に、相手の反応を試すかのように質問を投げ掛けてみることにした。

「この学園は、入学や転入に当たって卒業生の推薦状が必要なことは知っていると思うが、君はこれをどう思ったかい」
 仮に批判的な見解を口にするならば、何故転入してきたのかと問い、もし肯定的に追従するなら、その安易さを指摘するつもりであった。

 ――高校生といえば、多様な価値観が存在する社会に出て行くための、いわば人格形成期だ。そんな時期に、知り合いしか入れないなどという同族集団に身を置く問題点を、君はどう考えるんだい?
 藤原徹の答え次第では、そう反論してやるつもりであった。

(まあ、目的無しに来る場所ではない、ということだな)
 内心皮肉っぽく考えながらも、宇田川は柔和な微笑を絶やさずに、少年の答えを待った。
 だが、返って来たのは予想外の答えであった。

「その前にですが、卒業や退学に当たっては卒業生の了解が必要ありますか」
 虚を突かれた宇田川が思わず聞き返すと、藤原徹は慌てたように言葉を重ねた。
「すみません。質問を質問で返すつもりはなかったんです。ただ……」

 藤原徹は、困った顔で、ぼさぼさの髪の毛を右手の指で軽くつまんでいたが、宇田川の促すような視線に口を開いた。
「先生方が、どのくらい責任を学園の卒業生に転嫁するつもりなのかと思って」

「責任を転嫁――」
 宇田川は、目の前の少年の言葉を繰り返した。藤原徹はなおも困った表情を浮かべていたが、それは難問に窮するというよりも、自分の考えをどの程度直截的に伝えるか悩んでいる様子であった。不意に宇田川は自分が発した質問の愚かしさに気付き、恥じた。

「失礼した。君は我々教師陣が、当学園に相応しいと認めた人材だ。誤解を生むような表現があったなら、訂正しよう」
 少年は耳を赤くしたが、宇田川はもはやその表情に騙されることは無かった。

(なるほど。自分について一言も語ることなくその価値を示して見せるとは、思った以上に聡明な少年だ)

 宇田川は、今度こそ腹の底から笑みを浮かべた。
 この少年が十五年前にいたら、彼女は果たして自分とどちらを選んだろうか。
(ねえ、隆介。私と貴方が組めば、出来ないことなど何も無いと思わない?)
 もう一度、青い瞳の少女の姿が目に浮かんだ。

「先生、宇田川先生?」
 藤原徹の呼びかけに宇田川は我に返ると、不思議そうな少年の表情に気付いて軽く顎を掻いた。

 職員室の窓から舞い散る雪はいつしか小降りになり、雲の切れ間からは薄日が差し込んでいた。

第二話 最高の相手を狙わなきゃ (月の裏で会いましょう2)

2009年02月27日 23:40

 四月六日、始業式の朝、午前七時三十分。
 
 桐嶋和人は独り暮らしのアパートで朝食を取っていた。
 痩せた小柄な身体を前屈みにして、黙々とパンを口に運ぶ。テレビのニュースは天気予報へと変わっていたが、桐嶋の頭の中は、あと一時間もしないうちに貼り出される新年度のクラス分けのことで一杯だった。
 
 連の仕組みはシビアである。異性受けする者であれば引く手も数多だろうが、全ての生徒がその条件を兼ね備えているわけではない。麗らかな春の一ヶ月は、一部の生徒に取っては悪夢の季節でもあるのだ。
 昨年、連を組めなかった桐嶋にとっては、クラスこそが自分の居場所を見出し友情を育むための場所になるはずであった。だが――

 一年のときのクラスを思い出して、桐嶋は憂いを帯びた表情を浮かべ睫を瞬かせた。

 桐嶋の両親は桐嶋が幼い頃に病で他界したという。
 桐嶋自身、二年ほど前に酷い交通事故に遭ったこともあり、それ以前の記憶が殆どない。身寄りの無い桐嶋にとっては、学費のかなりの部分が卒業生の寄付で賄われている参宮学園で無ければ、果たして高校に通えていたかどうかも疑問だった。

 自分のこうした生い立ちを同級生達が知っているのか、桐嶋には判らない。だが桐嶋自身がどこか影を感じさせるのか、親友と呼べる相手が出来ぬまま一年が過ぎてしまった。

 桐嶋は軽く溜息を付くと牛乳を飲み干し、立ち上がった。

   * * * * * * * *
 
 午前七時五十分――

「有為、先行くわよ!」
「ちょっと待ってよ。有理は髪の毛に気を使わなさ過ぎ」
「あたしはいいの。大体、武道やっててそんな髪型に出来るわけないでしょ」

 荻原有理は妹の有為の言葉を軽く受け流すと、茶色のローファーに足を通した。
 今日から、姉妹そろっての通学である。参宮学園までバスで二十分。今日はバスの窓から見える桜並木も見事に違いない。
 有為は自分よりも可愛いと思うのだが、すぐ感情の起伏が顔に出るのが玉に瑕だ。さっきから髪の毛が決まらないとぶつくさ言いながら、しつこくやり直している。

 今からそれじゃあ髪の毛痛むよ――
 有理はそんな台詞を飲み込む。多分、有為の機嫌が悪い本当の理由は別にある。今日の新入生挨拶を、他の同級生に取られたからだ。

 有為は、去年の春に有理が新入生挨拶をした時、絶対来年は自分がやると誓っていた。実際、中学三年生の間、有為は学校でトップを守ってこの日に備えていた。負けん気の強い有為が今回どれほど悔しく思ったことか、容易に想像できる。

 参宮学園の入学試験の問題は決して難しくない。受験に推薦状を必要とするため入口段階で絞られているからなのか、有理の時も基礎学力のチェック程度の内容だった。一方で面接はユニークで、在校生との集団面接、教師との一対一の面接、そして理事長代行との面接と、計三回もあった。父の哲臣などは、就職活動みたいだなどと妙な感想を漏らしていた。
 新入生挨拶の役は何を基準に選んでいるのか、有理自身には今一つ思い当たるものが無かったが、いずれにせよ有為を押さえてその座についた相手がいるということだ。

 今年の新入生は、結構手強いっていうことか。
 有理は、数日前に学園の道場で会った優しげな少年を思い浮かべた。
 あの子かな。いや、ちょっとインパクト弱いかな。
 そこまで考えて、有理は今日三度目の台詞を口にした。

「有為、先行くわよ!」

   * * * * * * * *

 午前八時二十分――

 杉山想平は、十数年間そうしてもらっていたように、母親の運転する車の後部座席から抱きかかえられると、脇に置いた車椅子へと腰を下ろした。見送る母親に軽く頷くと、眼鏡を指で押し上げ、参宮学園の校門へと車椅子の車輪を回す。

 杉山は、四つ離れた兄の恭平から学園の伝統を聞き、全国有数の進学校を蹴って参宮学園を選んだ。周囲はどう思ったか知らないが、兄弟にとっては当然の決断だった。
「想平、参宮学園は最高だぞ」
 恭平の言葉に、自分は何度目を輝かせたことだろう。

 校舎へ続く並木道は、どこか初々しい紺色のブレザー姿の同級生達で溢れている。自分のことを棚にあげるのも何だが、結び慣れないストライプのネクタイが微笑ましい。まだ名も知らぬ友人達がその一瞬、堪らなくいとおしい存在に感じられ、杉山はそんな自分に苦笑した。

(これじゃあ入学前から年寄りだよ)

 杉山の中学から一緒に進学した者はいない。そもそも参宮学園の生徒たちは、県外からも多く集まって来ている。同級生には杉山が知っている者も、また杉山のことを知る者も僅かだろう。
 杉山はそこまで分析したところで、今度ははっきりと声に出した。
「うん。今のところライバルは見当たらないな」

 車椅子の同級生にまだ馴染めぬ者達が自分を盗み見るのを全く気にせず、杉山は胸を張って講堂へと向かった。

   * * * * * * * *

 午前九時――

 講堂で二年生の席に座った楠ノ瀬麻紀の耳に飛び込んできたのは、瓜谷悠が、ステージに並んだメンバーに合図を出す声だった。
「ワン・ツー・スリー、ゴー!」
 ドラムスティックを高らかに打ち鳴らす音と、続いて講堂中に鳴り渡るアニソン・ヒットメドレー。
 一列に入ってきた新入生達は、堪え切れないように一人、また一人と吹き出していく。

「――いくつも愛を持っているのねぇえ」
 ステージでは瓜谷が日焼けした整った顔を大袈裟に歪め、両腕で自分の肩を抱いている。
 楠ノ瀬は、相変わらずの瓜谷の姿に笑い声を上げた。

 よーし、決めた。やっぱり最高の相手を狙わなきゃ。
 綺麗なピンク色に塗られた唇が半月に開く。

 楠ノ瀬は、冊子に書いた自己紹介の文句を口に出してみた。
 身も心も捧げます――
 二度、三度、口の中で転がしながら頷く。

(頑張って、瓜谷先輩を掴まえなくっちゃ)

 気付くと、いつのまにか新入生も全て入場し終えている。
「それでは、只今から入学式を始めます。在校生起立」
 マイク越しの瓜谷の声に、楠ノ瀬は立ち上がった。

第三話 今年は負けられない (月の裏で会いましょう3)

2009年03月02日 20:21

 その頃、高宮武は一人、部室で菓子パンを食べていた。
 身体に纏わりつく湿った空気が、梅雨の訪れが近いことを告げている。高宮はシャツのボタンをもう一つ外すと、太い首の付け根の辺りを掻いた。

 昨年も、自分ではナンバーワンの連になる自信はあった。
 確かに瓜谷悠と荻原有理が組んだ連は最強だったが、もし三位まで公表されていれば、自分と金田実優も入っていたと確信している。

 今年は負けられない。
 誰が相手であろうともだ。

 有理の妹の有為が自分を誘って来たときは驚いた。だが栗色の髪の少女の言葉は明快だった。
「有理には負けたくないの。そして同級生の誰にも」
 自分と似ている、と思う。
 ぶつかるかも知れない、そうも思った。

 有為の実力は紛れも無い。
 有理と付き合う前から、その妹の噂は聞いていた。曰く、姉に勝るとも劣らぬ美貌と成績。いや、中性的な魅力の強い姉よりも上だという者もいた。
 確かに噂に間違いは無かった。この連は強いと確信した。

 だが同時に、有為は懸念も口にした。
 自分達に対して、周囲は好き嫌いがはっきり分かれるかもしれない、と。
 高宮もそう思う。
 決して自分は聖人君子ではない。むしろ逆だ。
 有為は誰もが認める美人だが、そういう女は敵も多いかもしれない。

 そうだ。だからこそ瓜谷は強敵なのだ。
 高宮の脳裏に、鼻歌交じりの上級生の姿が浮かんだ。
 
 華のある男。
 飄々として学園の誰からも愛され、行動力も伴う男。
 
 高宮は昨年組んだ金田実優から聞いたことがある。
 自分達が入学したときの入学式は、重々しかったが退屈だったと。
 それを変えたのが当時一年生の瓜谷だった。まだ瓜谷がナンバーワンの連に選ばれる前の話である。
 学園と掛け合い、上級生と話し合い、翌年の入学式を祭りへと見事に変えてみせた。
 
 後から聞くには、卒業生や父兄にも根回しを済ませていたらしい。それでいて式当日は、何食わぬ顔で澄ましていたという。

 金田は決して軽薄な女ではない。損得の計算ができる女だ。その金田ですら瓜谷について語るときは常に言葉が熱を帯びていた。

 だが、高宮にも覚悟がある。
 今年は負けられない。

 高宮は予鈴を耳にすると、無意識に親指で唇を弾いて立ち上がった。

第四話 相違ござらぬか (月の裏で会いましょう4)

2009年03月05日 00:27

 その夜は、野犬の遠吠えがやけに耳に付いた。

「今夜も凶獣が徘徊しておるか」
 男は、筆を仕舞いながら誰に話しかけるとも無く呟く。

 葛原貞義のもとを訪れてから二週間、目は一層落ち窪み、髪はほつれている。
 鬼相が出ている――占師でなくとも、そう見立てるに違いなかった。
 如月も半ばになるとこの地に雪が降ることは滅多に無いが、今日は昼過ぎから雲が厚く立ち込めている。日が暮れてからの冷え込みも昨夜より厳しかった。

(月が顔を出してくれればいいのだが――)

 男はそう思いながら、隣の部屋で正座していた娘の楓に声を掛けた。
「では行ってくる」
 葛原木蘭との約束の時間まで、まもなくであった。

 楓は今年数えで十一。まだ顔にはあどけなさが残るが、自分を見詰めるその姿に亡き妻千草の面影が重なる。
 男は微かに目を細めた。
「蝋燭の火は絶やさず、夜が明けるまでこの部屋から一歩も出ないように」
 小さく返事をする楓に男は満足げに頷くと、引き戸を開けて外に出た。

 男はそのまま無言で歩を進めたが、村境に差し掛かったところで足を止めた。
 男の幼少から身近に感じてきた気配が漂ってくる。気配を発している者たちは、それを隠そうともしていなかった。

 殺気であった。
 男は提灯を手にしたまま、軽く腹に力を込める。

「葛原家の家臣とお見受けするが、相違ござらぬか」
 男の声が夜の闇に響いた。

   * * * * * * * *

 全身に刀傷を負った男がその場所に辿りついたのは、既に明け方近くであった。
 約束を果たす――
 その一念で、ここまで来た。 

 だが、既に手遅れだったのだろうか。
 竜巻が通過した後のように、その一角の草木が薙ぎ倒されている。
 巨大な力の痕跡が記されている。
 そして何より、むせ返る血の匂い。
 
 これだけ血が流れて、人が無事でいられるはずが無い。
 男は不吉な予感を振り払い、桜の木の下に走り――

 地面に顔を突っ伏して倒れこんでいる小柄な男と、銀髪の少女を見つけた。

 初めて見る小柄な男の左脚は足首から奇妙な角度に曲がり、右の肩口からは鎖骨が剥き出している。
 その手は銀の鎖を掴んで離さず、鎖の先にはどす黒い染みが広がっていた。
 重なるように倒れている少女の銀髪は土埃にまみれ、揺さぶっても何の反応も示さない。
 
 果たして何があったというのか。
 凶獣はどこへいったのか。
 
 と、男の足元に何か固いものが触れた。

 手を草叢の中に伸ばすと、乳飲み子の頭ほどの球体の石があった。
 慌てて拾い上げた両手の中、宝玉が一瞬光る。
 振り返った桜の梢越しに、曙光が男の目を刺した。

 春分の夜の――
 男の生涯で最も長い夜の終わりであった。

第五話 なかなかいい男っていないですよね (月の裏で会いましょう5)

2009年03月07日 00:40

「楠ノ瀬先輩、なかなかいい男っていないですよね」

 今日の休み時間も徹たちの教室には荻原有為が来ていた。いつからか有為は、姉の有理のいるいないにかかわらず楠ノ瀬麻紀の席に入り浸るようになった。
 リタに対してもそうだったが、楠ノ瀬は意外に同性の後輩に人気があった。さばけた態度がポイントなんだろうか、隣で徹はぼんやりと考える。

「有為ちゃんもそう思う? あたしも参宮に入った時は瓜谷先輩を見て感激したんだけど、結局あのレベルは殆どいないんだよねえ。瓜谷先輩はしっかり先約済だったし」
「そうそう。で、周りにいるのは優柔不断男とか鈍感男とか優柔不断男とか鈍感男とかばっかり」
 有為が、口を尖らせて栗色の髪の毛を掻き上げる。

 楠ノ瀬と話に夢中になるのはいいが、人の机に腰を掛けて足をぶらつかせるのは止めてほしい。だいたい、有為の台詞に必死に笑いを堪えている楠ノ瀬は、何が可笑しいのだろうか。
 徹は机に数学の教科書を広げようとしてみたが、有為の赤いチェック柄のスカートの腰に触れてしまいそうで諦めた。

「まあ、有為ちゃん落ち着いて。将を射んと欲すればまず馬を射よっていうじゃない。それで最近あたしんところに来るんでしょ」
 有為を宥めるかのような楠ノ瀬の台詞だった。だが徹の予想に反して、それを聞いた栗色の髪の少女の顔に朱が差した。

「く、楠ノ瀬先輩、何言ってるんですか。あ、あたしは純粋に楠ノ瀬先輩と話したくて来てるんですからっ」
 まるで桐嶋かと思わせるリアクションだった。有為にしては珍しい。

 それにしても楠ノ瀬も故事成語を持ってきたのはいいが、言いたいことが全く判らない。今度ちゃんと意味を教えてやろう。徹は頭の隅で考えながら、有為の形のいい脚が机の端で揺れるのを眺めていた。初めて会ったときから思ってはいたが、やっぱりこの子は――

「徹ちゃん、見過ぎ」
「もしかして変態ですか、藤原先輩」

 油断するとすぐ矛先が向く。徹は心の中で今日何度目かの――最初に二人に出会ったときから数えれば確実に三桁に達するだろう――溜息をつくと無視を決め込んで、数学の教科書を開くことにした。

 楠ノ瀬はいつもの小悪魔の表情を浮かべていたが、
「ところで、有為ちゃん今週末が誕生日だっけ。今年も男の子のプレゼント攻勢が凄いんじゃない?」
 意味ありげな視線をこちらに送りながら、有為に話しかけてきた。

「ええ、もう始まってて。行き帰りのバスの中とか恥ずかしくって」
 自慢げな口調は全くなく、心底うんざりした様子だった。さすが学園一の美少女の誉れ高いだけに、とんでもないことになっていそうだった。

 徹が内心同情していると、楠ノ瀬が笑顔のままで口を開いた。
「ねえ有為ちゃん。中学生の時の綽名が『撃墜王』だったって話、ほんと?」

 その途端、周囲の温度が数度下がった。
 楠ノ瀬の話を聞くともなしに聞いていたクラスメイトが、思わず小さな悲鳴を漏らす。
「……楠ノ瀬先輩、その嘘八百を先輩に伝えた奴はどこのどいつでいらっしゃいますか?」
 有為の凄む声に徹は竦み上がった。

「あれ、違った? 誰から聞いたっけなあ」
 だが楠ノ瀬は全く気にも留めていないようだった。有為の殺気を微風のように受け流すこの少女は何者なのか。学園最強の称号は高宮武でも瓜谷悠でもなく、実は楠ノ瀬麻紀にこそ相応しいのかもしれない。
 とにかく有為の綽名の件は二度と持ち出さないようにしよう。徹は肝に銘じた。

「で、有為ちゃんは誕生日の予定はあるの」
 楠ノ瀬の話し方は連を組んだ瓜谷の影響を確実に受けている。さっきから脈絡なく話が飛んでいるようで、誰かをどこかに追い込んでいる。
 自分の内なる鳴神が、我が身に危険が迫っていると早鐘のように告げていた。

 徹は時計に目をやる振りをしてそそくさと立ち上がった。学食にでも避難するつもりだった。

「それが、こないだ付き合ってた男と別れちゃって、空いちゃったんです」
 そんな内容を敢えて大きな声で言わなくてもいいのに。只でさえ「有為教」の信者は多いのに、これを知ったら大変な騒ぎになるんじゃないだろうか。徹は人ごとながら心配になった。

 こんな美少女と別れるとは、なんてもったいない男だろう――徹はそんな感想を抱きながら教室の外へと向かった。

「……こりゃ、有為ちゃんも長期戦だね」
 呆れたような楠ノ瀬の台詞と必死にそれを否定する有為の言葉は、徹の耳には届かなかった。
 

 月の裏で会いましょう 完

月の裏で会いましょう/ あとがき

2009年03月08日 22:04

 「月の裏で会いましょう」は如何だったでしょうか?
 
 各話とも起承転結のない欠片ではありましたが、気楽な読み物として雰囲気を味わってもらえればと思い作成しました。ちなみに如月の宝玉本編と各話との関係は、以下の通りです。

 第一話 君はこれをどう思ったかい (運命の輪2)
 第二話 最高の相手を狙わなきゃ (桜1)
 第三話 今年は負けられない (向日葵8)
 第四話 相違ござらぬか (運命の輪0、プリムラ1)
 第五話 なかなかいい男っていないですよね (夢見の宝玉9)

 第一話から第四話までは本編連載前に作成済でしたが、掲載時に視点の揺れを抑えようと削除した内容です。こんな形ではありますが今回読んで頂けて嬉しいです。
 また、第五話は新たに作成したのですが、書いているうちに作者の方が楽しんでしまいました。(これが好きだといいな、という気持ちなのですが……)

 最後になりますが、お読み頂き本当にありがとうございました!

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